What a Wonderful World - Louis Armstrong -Kenny G (video inspired by god of star)



5 他人が困っていたら協力のふるまいを通じて心を表現すべきだ
mind should be represented by behavior of cooperation when someone is in trouble

This message is that mind should be represented by behavior of cooperation when someone is in trouble.
It is high quality VO activities to cooperate in trouble.
VO activities of high quality raise level of soul S.
To raise soul level is true spiritual practice.

このメッセージは、他人が困っていたら協力のふるまいを通じて心を表現すべきだ、です。
困っていることに協力することは高い質のVO活動です。 高い質のVO活動は、魂Sのレベルを高めます。
魂レベルを高めることが本当のスピリチュアルプラクティスです。



こんにちは、
いつも紹介しているインド人の言葉から「礼儀」について論じたところを紹介します。
「  」の中がSarkar(サルカール)の言葉です。

「人間の本質は外面的なふるまいに限られません。
むしろ心の広さをどの程度発展させているかが大事です。
あなたが自転車に早いスピードでのっていて、誰かにぶつかり相手がたおれたとしましょう。
けがしたかどうかをきかないで、礼儀正しく『すみません』と言ったとします。
それはその人の礼儀正しさを現してはいますが、心の広さは示していません。
ケガしていたら薬を塗るとか、痛みを和らげようと最善を尽すことのほうが大切です」
言葉の礼儀正しさも大切だけど、それ以上に大切なのは心だよということだと思います。
偽善(ぎぜん)というのは、偽(にせ)の善(よ)いことです。
他人の不幸に「たいへんなのね」と同情したふりをするけれども、本当にはあまり考えでない場合です。

サルカールは次のように言っています。
「教育や礼儀の名でなされていることで単なる偽善にすぎないものが多くあります。
たとえば、近所の貧しい人を実際に援助するのではなく、『今日はごはんを食べたの』と聞くだけの人がいます。
『ママがほうれん草だけ料理してくれたわ』と子どもが答えると『なんてかわいそうね。あなたのおうちはたいへんなのね』と言うだけです。
『たいへん』という言葉を強調して、同情心があるように見せかけます。
ここにはほとんど心の度量や社会的関心はありません」

この場合「たいへいね」と言われた人は自分の境遇(きょうぐう)を余計(よけい)にみじめなものとして感じます。
苦しくて悩んでいる人に「がんばってね」というはげましの言葉をかけても苦を和らげることにはなりません。
このような偽善を私たちもよくみかけます。

「現在の教育は、他人が苦しんでいる重荷を引き受けることの必要を教えません。
しなくてはならないことはリップ・サービスだけです。
もし、他の人がまずしくて困っていて、その困っているのをなんとかしようと援助すれば、わずかでも、自分は損をするからです」

要するにサルカールは、他の人が困っていたら、口先だけでなく、少しでも役にたつように協力しなさいといいたいのだと思います。
日本語では「真心」(まごころ)という言葉があります。
実際に他の人の役にたとうという気持ちがあることが「真心がこもっている」ということだと思います。
ではおやすみ。




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