AZADI: Songs Of Freedom For Iran (video inspired by god of star)



16 イランの聖職者独裁を支える民衆の思考の質と民主主義を求める民衆の思考の質の階級的基盤の分析
analysis of class basis of quality of people's thinking to support the clergy dictatorship of Iran and quality of people's thinking to pursue democracy

This article is analysis of class basis of quality of people's thinking to support the clergy dictatorship of Iran and quality of people's thinking to pursue democracy.
Analysis of Mitsuki is based on true Marxism.
Human collective consciousness of non-presence is unity of conflict between productive forces and productive relations of presence.
Analysis of Iranian Revolution of Mitsuki is highest level of human society.

この論文は,イランの聖職者独裁を支える民衆の思考の質と民主主義を求める民衆の思考の質の階級的基盤の分析,です。
ミツキの分析は真のマルクス主義にもとづいています。
非顕在の人間の集合意識は顕在の生産力と生産関係との対立の統一にあるのです。
ミツキのイラン革命の分析は人類世界の最高レベルにあります。



イランの民衆運動をどうみるか
(ちょっと長いですが、関心がところだけでも拾い読みしてみてください)

(1) 先日、大統領選挙後のデモへのイラン政府の弾圧に抗議する集会に参加しました。
50人くらいの参加で最後にペルシャ語、英語、日本語で決議が読み上げられました。
「発表された選挙結果に対して抗議する平和的なデモ行進で、 なぜ、死者を負傷者がでなくてはならないのか。・・ 私たちはイランにおけるあらゆる暴力をすぐにストップすることを求める」

(2)
「①アフマドネジャドニメジャドが民衆の側なのか、 アフマドネジャドに反対しているのが民衆の側なのか、
②どちらが暴力的なのか,
④ 何をもって「民衆の側」と言うのか、 その判断基準はどこにあるのか」
という論点をいただきました。

改革派のムサビ派の側もアフマドネジャド派の側も 1979年のイラン・イスラム革命を勝利させた 主要な民衆勢力です。
しかし、その両派の違いのニュアンスは 次のユーチューブのニュース映像を見るとわかると思います。

前半にアフマドネジャド派の選挙集会があり、 後半にムサビ派の集会があります。 http://www.youtube.com/watch?v=qiBmZOZJ2ak&feature=related
黒一色のアフマドネジャド派に対して ムサビ派に参加している人々の雰囲気が違うのがわかります。
そして参加者「自由」を口にしています。
(上記のユーチューブ一つみれば、十分なのですが、 関心がある人のために別の映像を紹介します。 http://www.youtube.com/watch?v=MKI2mNhG1hU これもアフマドネジャド派とムサビ派の集会がでてきます。
両者が交互にすぐにかわりすぎて雰囲気が識別しにくいかもしれません。 http://www.youtube.com/watch?v=TVL50UiRdkc&feature=channel
アフマドネシャドとムサビのテレビ討論
今のイランの選挙の様子がわかります。
改革派に参加した青年をおいながら、 携帯やネットを活用した選挙運動をしています。 http://www.youtube.com/watch?v=Ho_0qRFFMVk&feature=related

自由広場での革命記念日の集会での アフマドネジャドの演説の様子 「アメリカに死を」「イスラエルに死を」を叫びつつ オバマの対話の提案を受ける用意があると述べました。
(この革命記念日の集会参加者は、 決して北朝鮮のような官製動員ではないことに注目する必要があります。)

(2)
ではアフマドネジャドが選挙でどれくらいの支持だったのかについてですが 前の大統領選挙で改革派のハタミに勝った時は アメリカのイラク侵略がありました。
アフマドネジャドのような人物の説く 「それみろ、やはりアメリカは大悪魔だ」 という方がそのときに説得力があったと思います。
アメリカなど西洋文明と対話をとく改革派は支持を失います。
しかし、アメリカ大統領選挙でのオバマの勝利は、 西洋文明との対話を許容する改革派に有利な情勢を生み出した と思います。

NHK放送大学の高橋和夫教授は、私の大学時代の知人です。 http://ameblo.jp/t-kazuo/entry-10282701866.html
発表された選挙結果は圧倒的に アフマドネジャドの勝利でした。

高橋氏は、選挙不正があったどうか判断材料をもたないので 発表された選挙結果が正しいとして と断って論じています。
なぜアフマドネジャドが大統領選挙で圧勝したか その理由の一つを次のように述べています。
「それはアフマドネジャドの通常の活動である。
具体的には全国を訪れ、地域の不満を聞き、 それに対応してきたという過去四年の実績である。
いわば恒常的選挙活動である。
マクロ経済の視点から見れば、 問題のある手法である。
各地で不満があればバラマキで、対応するわけである。
サンタクロース方式は、 近代国家の経済運営ではない。
しかし、マクロ的な経済の改善は見られなくともミクロ的に自分たちの生活を良くしてもらった庶民は、大統領の支持者になる。」

私も高橋氏が言うようにまた新聞に書かれているように アフマドネジャド政権は、貧困層を支持基盤にしていると思います。
記事一覧の中の http://ameblo.jp/t-kazuo/entrylist.html
イラン大統領選挙の分析の5回分に 日本のイラン研究の専門家としての彼の見解が書かれています。

(3)
1979年のイラン革命の時は、ホメイニーのカセットテープが シャー独裁政権が弾圧することができなかった聖なる場所である イラン中のモスクにもちこまれて、大衆を鼓舞しました。
今回は、インターネットの情報や携帯のネットワークが人々を立ち上がらせています。
したがって都市の中流層が主体と思われます。
アフマドネジャド側が、ホメイニー革命の正当な継承者であることを 訴えるのは理にかなっていると思います。
ホメイニー革命の主要な革命推進力は、 モスクの全国ネットワークに結集した農村からでてきた 元農民たちや都市下層の人々であったと思います。

1979年のイラン革命は、ホメイニーが最初、リベラルなことを言って すべての人々を反アメリカ帝国主義、反国王独裁の立場の人々を一つに まとめて巨大な人民的エネルギーをつくりだしました。

(CIAが1953年のモサデク政権を崩壊させた時、 アメリカはイギリスから石油利権を奪い 亡命していた国王を呼び戻して国王独裁をさせて 後ろでバックアップしていました。
またアメリカはイランに軍事施設をおき 国王にイエメンなどの民族解放闘争弾圧に派遣させるなど イラン国王政府を「アメリカ帝国主義の目下の同盟者」にしていました。

イスラムを原理として革命に立ち上がった聖職者ホメイニーなどの他に 穏健な有力な聖職者も革命に立ち上がりました。
もちろんリベラル派もホメイニーに結集しました。
ホメイニーは、イスラム宗教国家、聖職者統治をめざしましたが イスラムを原理とする革命家の中には アリー・シャリアティなど聖職者統治に反対した人々もいます。
イスラムの原理のもとに社会主義イランをめざした有力なグループに モジャッヘディーン・ハルクというグループがありました。 彼らは血の弾圧のなかでイラク側国境に逃れ、長く武装闘争を行いました。 http://en.wikipedia.org/wiki/People's_Mujahedin_of_Iran

革命前にはイスラム社会主義派のモジャッヘーデン・ハルクの他に マルクス主義ではソ連派のツーデ(人民党) 自主独立のマルクス派のフェダーヤーネ・ハルクなどが 勢力をのばし、革命に役割を果たしました。
革命の最初の段階ではツーデ党、フェダーヤーネ・ハルクの一部も ホメイニーを支持しました。
モジャッヘーデン・ハルクとフェダーヤーネ・ハルクの一部は ホメイニのめざす聖職者統治の宗教国家に反対し、弾圧されます。
ホメイニーを支持する中で、革命後に勢力を維持しようとした ツーデ党、フェダーヤーネ・ハルクもホメイニーの指示を受けて 非合法化されて徹底弾圧されました。
イスラム民主革命派のモジャッヘーデン・ハルクは、 たしかホメイニー派が提案した聖職者支配のイスラム憲法提案の時点で 聖職者統治に反対し、徹底的に弾圧されていったと記憶しています。

(革命の情熱の中で聖職者統治に反対することは「非国民的」状況だったろうと推測します)
このようにもともとイランには 1979年の革命で民主的な社会を求める民衆の力は大きく育っていました。
しかし、革命のダイナミクスの中で、民主主義を求める人々は破れ アメリカに従属する国王独裁政権にかわって 人民的なイスラム聖職者の独裁がやってきました。
上記のアフマドネジャド派もムサビ派に結集する人々も すべて一つになってアメリカ帝国主義と国王独裁政権を イスラムの原理のもとに倒した仲間でした。
しかし、普遍的な人間解放のスピリット とりわけ1979年革命の時までにイランの人々の中に 培われていた民主主義のスピリットは消えることがなく 今、ムサビを中心にした選挙不正抗議運動に結集する人々に そのスピリットが形を変えて顕現していると思うのです。

(4)
民衆の味方という時に、私たちは、民衆の質を丁寧にみなくてはなりません。
1960年代のイランの農村について調べたことがあります。
3分の1は、日本と同じように経営主体が家族にあるもので カスピ海沿岸がそうです。
しかし、砂漠の中の多くのデヘ(村)は、 農民はナサクという耕作権を、家族の中の一人があたえられ (耕作権を与えられない家族はホシュネシーンといって乞食同然の貧困に陥る)
そして、毎日の畑仕事には、地主の手先から、どの畑を耕せと その日ごとに指示がなされます。
五人一組で耕作させられます。
これは奴隷制に近い質です。
この畑のここに水を引けば生産性があがるだろうと 勤勉に努力する意欲はまったく生まれません。
上からの指示をそのまま受け入れる 無学な農民大衆が生まれます。
イランの農地改革は、ほんの一握りの農家をのぞいて 大量に都市にそうした意識レベルの人々が流れました。
そして富裕な都市の生活を見た彼らにとって アメリカ帝国主義と結託するパーレビーシャーを 倒す革命の思想は容易に耳に入ります。
そして、それに変わって生まれる社会構想は 神の指示を解釈するムッラー(イスラム法学者)に 従うことが神に使える道という思想はストレートに入ります。
都市中間層にもう一人の民主的イスラム解釈のアリー・シャリアティや 左翼やリベラルがいましたが、 圧倒的な都市貧困層は、聖職者だけが 神の教えを解釈する権限をもつ聖職者統治という 思想を受け入れます。
民主的なイスラムや左翼やリベラルな思想は 昨日まで、奴隷制のような非主体的生産の場にいた 彼らには理解できませんでした。

この層こそ革命後に血みどろの権力闘争に勝利し、聖職者支配体制を支えた層です。
私は彼らがアンサーレ・ヘズボッラーであり、革命防衛隊であるとみています。
したがって、アフマドネジャドは、その支持基盤である貧困層にお金をまわしているだろうと いうことは容易に予想できます。
(これは、スターリンの支持基盤や、毛沢東の文化大革命の支持基盤や フランス革命後の殺戮を推進した過激派には その支持基盤となる大衆の主体性、個の確立度といった点で 共通の面があるかもしれません。)

(6)
アフマドネジャドの心的質は、ブッシュや安倍といった 自分の集団中心主義の狭い心の枠をもった人々と 共通するものがあると思います。

オバマの登場は、 ナショナリズム(民族集中心主義)や宗教原理主義といった 狭隘な心をもったリーダーが歴史の前面にでる時代から より普遍的スピリットをもった人物が歴史の前面にでる時代への 移行期を反映していると思います。
イランのアフマドネジャドは、アメリカのイラク攻撃への反作用として 登場したとみています。
「それ見ろ、アメリカは大悪魔だ」という原理主義者の主張が容易に 人々に受けいれられる土壌をつくってしまって 違う文明とも対話すべきとイランにおける改革派の立場を なくしてしまいました。
アフマドネジャド大統領は、ブッシュ大統領の対応物として 出現したと思います。
今、戦争でなく対話を呼びかけるオバマの登場が イランにおける改革派の立場を強化し、人々を鼓舞したと思います。
私たちは、ナショナリズム(民族集中心主義)や宗教原理主義といった 狭隘な心の人がリーダーとなる時代を終わらせなくてはなりません。
その点で、私は、今、イランで立ち上がっている改革派の人々に声援を送るものです。

(6)
日本で天皇制について「朝日新聞記者」が暗殺され、 天皇制を議論することがタブーになっていますが それと同じ構図かあると思います。
イランの国体である「聖職者統治」の是非が核心部分にあると思います。
テヘラン大学での授業にまで 原理主義者がやってきて妨害している様子を アブドル・カリーム・ソロウシュのケースでみてみましょう。
彼はホメイニーにしたがってイスラム革命に参加します。
テヘラン大学の教授です。
そして次第にイスラム型民主主義を説くようになります。
彼の授業は、アンサーレ・ヘズボッラーに攻撃されるようになります。
戦前、右翼的な人々が、良心的知識人を暴力的に攻撃したようにです。
アンサーレ・ヘズボッラーは 最高指導者ハメネイ派の支持基盤です。
今のアフマドネジャド大統領もこの派だと思います。
革命防衛隊の中枢を握っていると思います。

私は次のように調べて書きました。

第1項[最高指導者のハメネイの非難]
ソロウシュの議論は、体制側には問題があるものとして受けとめられた。
ホメイニーの後継者の最高指導者のハメネイ (Ali Khamenei) が、ソロウシュの論文と講演を批判しはじめた。
しかし、ソロウシュの考えは体制の目からは一層許せないものに発展していった。
合衆国大使館占拠事件を記念した1995年11月の演説では、合衆国 とイスラエル批判の時間よりソロウシュ非難の時間が長かったという。

第2項[アンサーレ・ヘズボッラーの攻撃]
1995年来、アンサーレ・ヘズボッラー(Ansare Hezbollah 神の党の支持者)のソロウシュへの攻撃は何度もなされ、彼の自由な活動は妨げれ、その身は危険な状態に置かれるようになった。
1995年5月にアミール・カビール大学 (Amir Kabir) のイスラム協会主催の講演を依頼されていた。
流血の事態が予想されるとして出席を中止したけれども、ソロウシュは治安警察に逮捕され、情報省に連行された。
集会に参加しないよう、テヘラン大学で講義しないように、外国にいかないように警告された。
1995年10月には、テヘラン大学に侵入した約50人の集団が、治安警察の目の前で、講演のために演壇に立ったソロウシュを襲った。
彼のコップはこわされ、支持者たちとなんとか逃れた。
2000人の学生の中には負傷者もでた。この事件の後に、テヘラン大学で学生が抗議集会を開催した。
これはムスリム学生による大学でのその種の最初のデモンストレーションであった。
そのあとソロウシュは情報省によって尋問され、講演をやめ、宗教と政治、ヴェラーヤテ・ファギーについて論文を書かないように警告されている。
その後も「ナイフや棍棒」をもった集団がソロウシュと彼を支持する学生たちへの脅迫を続けた。
脅迫の中で1996年4月、ソロウシュの担当する講座は4クラスから1クラスにされた。 http://www12.ocn.ne.jp/~kitsumi/personal/soroush1.htm より。



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