A Brief Introduction to Marxism (video inspired by god of star)



3ミツキがこの論文なかで論じている内容がマルクス本人の考えでした
Meaning that Mitsuki discusses in this article was thought of Marx himself

This article is that exploitation is not only in economic areas.
Marx considered that exploitation means to utilize other people for sake of own.
Meaning that Mitsuki discusses in this article was thought of Marx himself.

この論文は、搾取とは経済的領域だけにあるのではない、です。
マルクスは、搾取を他の人を自分のために利用することと考えました。
ミツキがこの論文なかで論じている内容がマルクス本人の考えでした。



搾取についての論点のつつきです。゛
朝、レオニードさんが引用されていたウィクペディアの
「マルクス経済学における労働力」という見だしを読むと
「労働時間(労働力が生み出す価値)が
労働力の価値より大きい場合、剰余価値が発生し、
資本家は搾取した剰余価値を資本として蓄積する。」
と引用されています。
そして「搾取」の項目をみると
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%90%BE%E5%8F%96
「搾り取る」ともともとのexploitationとは
異なる説明をした上で、
「マルクス経済学では、生産手段をもたない生産階級が
生産する労働生産物のうち、
その生産者が社会的に生存していくのに必要な
労働生産物以上の生産物(剰余生産物)を、
生産手段を所有する非生産階級が無償で取得することをさす」
としています。

マルクス自身が剰余価値=搾取と定義づけたか、
私には疑問なのですが、
このマルクス経済学の説明にあるような
「搾取」の観点については再定義が必要だと思います。

搾取という実践的で価値的な意味を含む概念規定と
剰余価値という社会科学的な概念をまず分離し、
その上で、「搾取」を再定義することが必要だなあと思いました。

マルクスの弁証法的な歴史観がすぐれているのは、
ある歴史段階では、適切であった構造が時間がたつにつれて、
そぐわなくなり、新しい構造に転化してゆくというダイナミクスにあると思います。

それなのに階級社会の歴史にみれらる剰余価値をもって
すべて搾取と定義すれば、どの時期も同じように搾取の時期であり、
のっぺらぼう史観になり、
マルクスの弁証法のダイナミクスが後景にしりぞいてしまいます。
(弁証法についての定義はひとそれぞれのようなのでまた説明させ てもらいますが)

私は、サーカーの定義のように、
ある社会構造が末期になり、時代とそぐわくなった時点を
支配層自体が搾取的になる段階としてとらえることの方が
弁証法のダイナミクスな視点をより生かすことができると考えます。
また、どの時期にも個別的には搾取的なものが社会のリーダーとな る可能性があるわけですから、
市民社会の中にそれらの搾取と闘う
永続的中心軸(たとえば市民社会フォーラムのような)が
形成されて、活動する意義は大きいものとなります。


(付録)
参考に、サーカーの「様々の形の搾取VARIOUS FORMS OF EXPLOITATION」
から紹介します。
まずは、知人に説明した私の解説です。
「搾取は、exploitationの英語訳ですが、
日本語では乳を搾るという搾なのですが、
英語ではexploitは、「利用する」「搾取する」という意味があり、
サーカーの使う搾取には、他の人を利用するという意味も含まれていると思います。

たとえば、他の人を低く描くことで、自分をより高めた位置におくようにしゃべる人がいますが、
この場合、他の人をおとしめて利用し、
自分を高めているので、心理的に搾取しているということになるのだと思います。
マルクスは史的唯物論なので、経済的下部構造における搾取からの解放を根本問題としましたが、
サーカーは、魂(精神)→知的心理→物的身体的(この中に経済搾取は含まれる)という哲学ですから、
魂の領域と知的心理的(つまり文化的)領域における搾取を同時に問題にするわけです。

以下サーカーの言葉です。
抽象的なエッセンスの部分だけを引用しますので、
わかりにくいかもしれませんが、
部分引用でないと、話題となっていたように著作権の問題にかかわりますので
了解ください。

「ある個人やあるコミュニティの人々がひどく搾取されているというよく言われます。
その『搾取exploited』という言葉が意味するものは、
経済的領域での搾取です。
しかし、深く考察するなら、搾取は経済的領域だけでなく、
人間存在の別の領域にも、
様々の形態、様々の口実でなされてきたことを見いだします。
物的身体的領域で搾取のすべてが必ずしも本質的に経済的というわけではありません。

それはしばしば社会的であり、多くの場合、間接的に社会的です。
たとえば、既得権益をもつものは、ある段階で大衆にコンプレックスを注入します。
そしてずっと後の段階で、その知的心理的コンプレックスを利用(搾取=xploit )します。
その時点では搾取は経済的ではなく物的身体的です。
しかし、結局のところこの物的身体的搾取は、
経済的搾取と同じものです。

搾取が直接、経済的領域で生ずる時は、人々は容易にそれを理解します。
しかし、搾取が社会⇒経済socio-economic領域や
心理⇒経済psycho-economic領域でなされた時、
事態は複雑になります。
搾取が社会・経済領域のケースにおいては、
人々は社会的搾取に対してわずかの不平のつぶやきをあげますが、
社会⇒経済搾取の最終的な結果である経済搾取は気にとめません。
そして心理⇒経済搾取の場合には、人々は、感情をわずかに害します。 なぜなら、人々は知的心理的な点で抑圧を受けているからです。
しかし、彼らは、その最終的な結果が、経済的搾取でもあることに気づきません。

今日、世界中の人々の経済的覚醒が以前よりも進んでいます。
狡猾な搾取者が、社会・経済搾取や心理・経済搾取の手段に訴えてきたのはそのためです。
搾取者は、たくさんの収穫を望んで広い領域にわなを広げてきました。

知的⇒心理的領域に関しては、こういうことができます。
知的⇒心理的領域における搾取には無数の形態がありえます。
これらすべてを理解するには、人々がもっと教育を受けて、もっと知力をつけなくてはなりません。
社会的領域に関しては、搾取者たちは、
故意に、知的心理的領域における社会的搾取を精神性と混同させます。
そして搾取を長期化する道ならしをします。
このようにして過去にドグマが生じ、
今日でも、これらのドグマが使われつづけています。」




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