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( Brave mentality is needed to make up new social system )

Dear
I am god salamnidam who downed social cycle theory to P.R.Sarkar.
Social cycle theory is historical materialism.
Historical materialism of Marx is middle wave of social cycle by seeing unity of conflict between productive force and productive relation.
Social cycle theory of Sarkar is small wave by seeing mentality of human.
Project of Heaven and gods do base on huge social cycle in scale of universe.

Theme of this time is Kshatriya.
Kshatriya has brave mentality.
This is mentality not strong of physical body.
Brave mentality is needed to make up new social system.
When new social system has been established, brave mentality become not to be needed.



こんにちは
私はP.R.サ-カ-に社会サイクル論をおろした神サラムニダムです。
社会サイクル論は史的唯物論です。
マルクスの史的唯物論は、生産力と生産関係の対立の統一を見ることによる社会サイクルの中位の波です。
サ-カ-の社会サイクル論は、人間のメンタリティを見ることによる小さい波です。
天と神々のプロジェクトは宇宙規模の巨大なサイクルにもとづいておこなっています。

今回のテーマはクシャトリアです。
クシャトリアは勇気あるメンタリティをもっています。
これはメンタリティであって肉体の強さではありません。
勇気あるメンタリティは新しい社会システムをつくりあげるのに必要とされます。
新しい社会システムが確立されたとき,勇気あるメンタリティは必要とされなくなります。


▼クシャトリア

◎物質を征服しようとする活力あるメンタリティ

 「物質は、その奴隷とならずに物質を楽しもうと強く願う人間に非常に役立ちます。
そのような人々は、物質を征服し、自分の心の波動によって物質の波動をコントロールしたいと思います。
意のままに物質をコントロールする力を獲得した、この常に闘争している諸個人は、クシャトリアと呼ばれます。
闘争は、クシャトリアのダルマすなわち特質です」(The Ks'attriya Age)

 シュードラは物質の波にコントロールされますが、クシャトリアは自分の心の波で物質をコントロールしたいと願います。
サーカーは次のような例を挙げています。
ここに巨大な山があったとします。
シュードラは山のすぐ前で止まります。
シュードラにとってその山は神で、頭を垂れます。
シュードラは山の神を畏れ、クシャトリアに『神が怒る。どうか登らないでください』と懇願します。
しかしクシャトリアは気にせず山に登っていきます。
そして頂上に到達し、山を征服します。
このように、クシャトリアは物質を支配したいという活力あるメンタリティを持っています。

 「クシャトリアは自分の血で社会を守り、社会の維持のために他人の血も奪います。
人類誕生の段階において、環境の圧力の下で自然の奴隷であった人々はシュードラでした。
しかし、自分たちを存続させようと自然に立ち向かう努力をした人々は、クシャトリアの祖先でした。
後にシュードラはクシャトリアに影響され、自然と闘う渇望を身につけてゆきました。
クシャトリア社会は、このようなシュードラを通じて加速されました。
その勢いは今日も持続し、将来も続くでしょう」(The Ks'attriya Age)

 自然と社会を意のままにコントロールしたいと願い、死をも恐れず、危険を冒して立ち向かうメンタリティの持ち主がクシャトリアだとあります。
おそらく最初に舟を作って遠くまで漕ぎだすのは、シュードラ社会の中のクシャトリアの祖先です。
それに勇気づけられて、シュードラの心の人も「よし、おれも漕ぎだそう」と思ったに違いありません。
クシャトリアの登場と活躍の影響を受けてシュードラのメンタリティも発達するのだとサーカーが考えていることがわかります。

◎イデオロギーに従うクシャトリア

 クシャトリアは、シュードラのように単にパンを得ることと肉体的快楽の追求のために生きるわけではありません。
イデオロギーに従うことは、彼らが官能的喜びに耽ることとほぼ同じくらいの重要性を持つとして、サーカーは次のように述べます。

 「古代と近代の歴史のページをめくると、クシャトリアの性質や特徴を持った男たちが雄々しく死を受け入れたり、絞首台にかけられたり、敗北の恥辱から逃れるために英雄的に銃弾に向かって進み、死んでいったことに気づきます。
シュードラのメンタリティを持った人々はこのようなことはしません。
クシャトリア気質の人間、中でもとくに激しい気性を持つ人間は、決して大衆の視界の後ろに身を置きません。
喜んでであろうと不承不承であろうと、人の目を引く場所に出てきます」(The Ks'attriya Age)

 クシャトリアのメンタリティを持つ人の中でも気性の激しい人々は、一定の歴史状況の下では必ず前面に出てきます。
クシャトリアは自分のイデオロギーや信念に基づいて、死に直面しても雄々しく闘います。

 しかし、英雄的なクシャトリアをサーカーは美化しません。
ほとんどが利己的な利益を追求し、世の中に悪影響を与えてこの世を去っていく人々だと考えるからです。
そのような歴史に名の知れたクシャトリアについて次のような人物を挙げています。

 「英国の人々でさえ、ナポレオン・ボナパルトの勇気を称賛します。
フランスの人々もまたヒトラーのパワーとパーソナリティを認めます。
インド政治における右翼の人々は、プラフッラクマール・チャーキー、クディーラーム・ボース、ラースビハーリー・ボースとスバース・チャンドラ・ボース*の英雄主義を認めざるをえません。
それは、自分たちの利益のために他の者の利益と衝突する利己主義にすぎません。
世界には、自分たちの利益に奉仕するこのような人が数千万人います。
彼らはこの世界にやってきて、飲食し、自分の血統を保持し、自分の利益のために子どもたちを育て、すべての物事を自分の満足感のための対象として見て、貪欲な目であらゆるものを追いかけます。
彼らの過去は暗いものです。
彼らの未来もそうです。
そして自分たちの狭量な利己主義の腹黒さで現在の輝きを暗くします」(The Ks'attriya Age)

*注=文中の登場人物
 プラフッラクマール・チャーキー(Prafulla Chaki)、クディーラーム・ボース(Khudiram Bose)は、ともにベンガルのテロリスト。
ラースビハーリー・ボース(Rashbehary Bose)とスバース・チャンドラ・ボース(Subhash Chandra Bose)は、インド民族運動の指導者。

 このようにサーカーは、ほとんどのクシャトリアは慈悲深い心を持たず、この世を暗黒に攪乱《かくらん》してから世を去る。
彼らが命をかけたイデオロギーは、自分たちの利益のために他人の利益と衝突する利己主義にすぎないというのは、そのまま第2次世界大戦までの日本軍国主義の侵略指導者たちにも当てはまります。
彼らを美化しようとする人々が描こうとするように、彼らが家族愛に満ち、部下を愛する人間であっても不思議はありません。
そのことと、彼らがこの世を暗黒にした指導者であることは両立する話です。
他民族を犠牲にして日本民族の自己利益を追求した指導者でした。
ただしサーカーの理論では、日本の大本営で戦争指揮を執っていた人々はクシャトリアではなく偽クシャトリアであり、実体はヴィプラということになります。

 社会サイクル論の立場から評価できるクシャトリアがいるとすれば、それはヴァイシャの支配によって貧富の格差が開き、シュードラ的状況に追いやられたクシャトリア的シュードラの指導者です。
彼らが大衆を組織してヴァイシャの搾取の時代を終わらせ、新しい時代を打ち立てます。

◎クシャトリアの宗教性・精神性

 「ダルマの本当の意味が何であれ、クシャトリアは度量が大きいので、心の広い宗教的な振る舞いをします。(中略)
『我に美、勝利、名声を与えたまえ。私の敵を絶滅させよ』
これは自分自身のためだけにその想像上の神に願っているのではありません。
願いを聞き届けてもらった後には、自分たちの保護下にある人々にそれを配分したいと思っています」(The Ks'attriya Age)

 シュードラと違って恐れから崇拝するのでなく、物質を支配し、征服するために祈ります。
そしてシュードラと違って自分のためだけでなく、自分の配下にある者のためにも祈ります。
ただし、粗大なもの、すなわち物質的なもののために祈っているのであり、精神性の進歩につながるようなものは念じません。

 「彼らの公正と正義は、粗大なものの達成、粗大な対象の征服に限られています。
私たちが精神性や精神的進歩によって理解しているものは、彼らの知性では簡単には理解できません」(The Ks'attriya Age)

 クシャトリアのメンタリティが、シュードラと違って自分個人の利己性を超えている点、イデオロギー性の萌芽がある点を評価します。
また次のようにも述べています。

 「他の者を守ったり、自分の威信を守ったりするために尊い命を捨てるという問題が生じた場合、クシャトリアのメンタリティは動物よりもずっと高度で高貴であることを認めざるをえません」(The Ks'attriya Age)

 「クシャトリアの社会の思考の波は、必ずしも情け容赦のない大自然の波のようなものではありません。
著しく目立つのは英雄崇拝です。
弱者は強者のリーダーシップに服従し、強者は弱者の服従と引き換えにその安全を守ります。
クシャトリアの社会では、自分たちの下に困窮して身を寄せる難民を守ることが信心の行為であると見なされます。
そのような献身が雅量に富むことと認められています」(The Ks'attriya Age)

 この説明は「親分肌」をイメージさせます。
自分に服従してくる者は守るが、自分に敵対する者や身内以外は守る対象ではなく征服の対象となる。
シュードラと比べて、自分以外の者を命をかけて守るというメンタリティは前進しているけれども、抽象的思考ができないクシャトリアは普遍性を理解できず、スピリチュアリティに欠けており、自分たちの集団の利益のために他者を害しても平気になります。

◎クシャトリアによる社会形成

○1 クシャトリアの集団化と秩序維持

 「共に動いている集合的人間のことを私たちは社会と呼びます。
戦争や戦闘においてクシャトリアは統一と集団化を必要とします。
彼らがグループや党を形成するのは、自分たちの間に高い水準の規律を維持するために必要だからです」(The Ks'attriya Age)

 闘争の中に統一と集団化を必要としたことにより、クシャトリアは社会の確立に貢献します。
クシャトリアが作り出すのはあくまでも社会システムであり、その社会システムが人々に犠牲を強いるようなものかどうかは視野に入れません。
システム自体が自己目的となります。

 「クシャトリア社会が厳格なシステムを持たなくてはならないことは疑えません。
このシステムを通じて強欲なチャリオット(古代ギリシャ・ローマの2輪戦車)がものすごい速さで弱者を踏みつけるかもしれず、数百万人の飢えが1人の男を非常に富裕にする機会を提供するかもしれません。
人間同士の友愛ではなく、支配と被支配の関係が確立するかもしれません。
それでも結局、それはシステムです。
メリット、デメリットにかかわらずシステムを成り立たせようとするのがクシャトリアの性質です」(The Ks'attriya Age)

○2社会構造の構築

 シュードラ社会から登場してきたクシャトリアの粗大な力が統治を生み出したと次のように説明します。

 「統治は、社会を維持するための前提条件です。
政府のシステムは適切な統治のために必要です。
誰もシュードラの優勢をやめさせようとはしませんでした。
最初はクシャトリアが純粋に粗野な力で統治を始めました。
シュードラやクシャトリアの中の弱い者は、より強い、より強力なクシャトリアの粗大な力に服しました。
そして自分たちの『父』すなわち『グループの指導者』を王座につけ、王の統治機関によって社会建設と国家建設のプロセスが生まれました」(The Ks'attriya Age)

 先述したようにクシャトリアは社会秩序と規律自体が自己目的化してしまいます。
彼らが押しつけた規律が一般大衆にとって善かどうかは考えません。
力あるクシャトリアの統治が続いたところでは人々の中に規律の感情が生じたけれども、クシャトリアがしっかりした社会構造を築き上げることに失敗した国では人々が苦しむことになったと次のようにも述べます。

 「クシャトリアの規律の感覚は、兵士の規律のようなものでした。
言い換えれば、人々が好もうが好むまいが、敵がクシャトリアの守りを突破しないように一定の『禁制』を守らなくてはなりませんでした。
たとえばフランスでは、フランス革命以来のどの政府も長期間自らを安定させる機会をもちませんでした。
そのため、革命後に、王の権威と人々に対する政府の威圧は終わったけれども、厳格な社会構造の欠落によって大衆に最大の害を引き起こすことになりました」(The Ks'attriya Age)

○3 集団主義のメンタリティ

 クシャトリアはグループを作って絶えず闘います。

 「そこには人生の挫折の重荷に耐える問題はまったく生じません。
クシャトリアはシュードラよりも集団生活により多くの幸福を感じます。
恒常的な戦闘に共に直面する人々を鼓舞する集団感情は、集団生活における悲しみさえ甘美な苦痛にしてしまうからです」(The Ks'attriya Age)

 このようにクシャトリアは、恒常的に戦闘集団の中に属することで幸福を感じます。
しかし、彼らが集団で作り出している規律やシステムが一般大衆の福利を増進するものであるかどうかは思慮の外にあります。

◎クシャトリアからヴィプラへ

○1 クシャトリアの未発達なイデオロギー

 「イデオロギーが2次的な意義しか持たないところでは欲望や利益追求が最高潮になります。
それは、クシャトリアの貪欲な性質がもたらす結果への予告でした。
それは後の時期にヴィプラすなわちバラモンの力を卓越させることに役立ちました。
最終的に、ヴィプラはこの卓越した力によってクシャトリアの肉体的強さを支配することになります」(The Ks'attriya Age)

 クシャトリアはシュードラとは異なり、物質的享楽の欲望だけでなくイデオロギー*的忠誠を持って生きます。
ある時は物質的享楽に、ある時はイデオロギー的忠誠に比重をかける生き方をします。
しかし、そのイデオロギーは未発達なものです。

 「よく検討すれば、動物的な生活の客観的で物質主義的な衝突がシュードラの特色ですが、クシャトリアの特色は、未発達な心の闘い、イデオロギー的な衝突であることがわかるでしょう」(The Ks'attriya Age)

 したがって、いったんクシャトリア時代が確立して物質的レベルでの闘争の必要性が低下すると、イデオ *注=「イデオロギー」の意味
 サーカーはイデオロギーという言葉を肯定的文脈で使います。
イデオロギーとは、統一的な世界の見方を未発達なりに持っており、その人がそれに基づいて信念を持って生きる観念形態を指しています。
サーカーが自ら提唱している普遍主義的イデオロギーは、あるイズムやドグマの体系ではなく、宇宙万物の根源としての無限の意識に自らの意識を融合させることを目標に、見るものすべてをブラフマの表現として感じることができるようになることをめざすものです。

○2 先見の明に欠ける知性

 「クシャトリアはすべてを征服する態度で前へ突進したいと思っています。
敵の強さを確かめずに敵に挑みます。
その結果、彼らはしばしば袋叩きにされ、めった斬りにされて早くこの世を去らなくてはなりません。
クシャトリアの歴史は血の歴史であり、知性の輝きのあるものではありません。
その歴史には勇敢、勇猛、武勇がありましたが、先見の明や賢明さ、精妙な知性の支えは少しもありませんでした。
それが、クシャトリア時代がしばらく続いた後に知識人が鋭い知性によってクシャトリアをコントロールし始めた理由です。
知性ある人物は、クシャトリアが以前には決して目を向けなかったところを見るように彼らにいい、クシャトリアが決して理解しなかったことを説明し続けました。
この状態がしばらく続いた後、クシャトリアはへりくだって知性を持つ人間に服し、彼らの優越性を認めました。
そしてヴィプラの指令の下に自分の勇敢さを提供しました。(中略)
これらの知識人はクシャトリアの手から社会をコントロールする権限を次第にもぎ取り、クシャトリアの力を借りて社会への影響力と支配を確立しました」(The Ks'attriya Age)

○3 歴史上の偉大な王はヴィプラの傀儡

 クシャトリアの王の子孫を後継者としつつも、実際にはヴィプラたちが知力で王をコントロールします。
サーカーは、歴史書にある偉大な力強い王の話は、あたかもクシャトリア時代のものであるかのように思えるけれども、よく読めば実はヴィプラがコントロールしているヴィプラ時代のものだと述べます。

 「よく読めば、これらのほぼすべての君主が、ヴィプラの大臣の指図に従って行動していたことがわかります。
ほぼすべての国で、もっとも強力な王でさえ、ヴィプラの大臣たちの手の中の傀儡《かいらい》にすぎなかったというのが現実でした。
君主性の歴史を『大臣制(Ministocracy)』の名で呼ぶとすれば、真実からあまりかけ離れていないでしょう。
ヴィプラは、独裁的で無規律なクシャトリアの支配者による奴隷化から大衆を解放し、一定の規律を社会にもたらしました。
このように整然とした王国は、君主の権力がヴィプラに従属していることを意味しました」(The Ks'attriya Age)

 君主制の歴史は実際には「大臣制」の歴史であり、独裁的で横暴なクシャトリアの支配から大衆を解放するのがヴィプラ時代の確立です。
最近の例として文化大革命を考えてみましょう。
これはヴィプラ時代の確立を阻止しようとしたクシャトリアの企てでした。
外国帝国主義と大地主、大資本というヴァイシャの支配に対する革命闘争をシュードラを率いて勝利に導いた毛沢東はクシャトリアでした。
ところが中国を経済的に運営していく段になると優れた多数のヴィプラに従う必要がありました。
しかし自らを英雄だと思い上がった毛沢東は、シュードラ大衆を動員してヴィプラの根絶にかかります。
このような社会進歩を妨げる動きをサーカーはクシャトリア・ヴィクラーンティ(Ks'atriya vikra'nti)、すなわち反進化(Anti-evolution)と呼びます。

○4 ヴィプラの意のままになったクシャトリア

 「クシャトリアよりもヴィプラのほうに、より多くの不正直な人がいます。
ヴィプラの知性の大部分はもっぱら他人が懸命に得た富を奪うことに用いられます。
クシャトリアはシュードラを機械的に働く人間に変え、ヴィプラは知性によってクシャトリアを無力にし、意のままに指図しました」(The Ks'attriya Age)

 なぜ、クシャトリアはヴィプラの意のままになったのでしょうか。
サーカーは次のように説明します。

 「あからさまな力の誇示によって自分自身を確立した人々は虚栄心を持つことになります。
力に由来するクシャトリアのこの弱さは、ヴィプラの知性によって利用されました。
ヴィプラは、クシャトリアの武勇を賞賛することによってクシャトリアの残りの知力を打ち砕きました」(The Ks'attriya Age)

 粗大な力によって自己を確立してきた人間は、虚栄心を持つことになります。
立場を問わず、私たちはこのサーカーの指摘する人間の姿を見ます。
その弱点を利用してクシャトリアを称賛しながら、ヴィプラは象使いと象のようにクシャトリアへのコントロールを確立し、ヴィプラがクシャトリアとシュードラを搾取する時代を到来させました。

H.P. of socialist earth government (社会主義地球政府のH.P.)

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