Tibetan Healing Sounds #1b -11 hours - Healing Lights -Tibetan bowls for meditation, relaxation (video inspired by god of star)


(When you pursue to close god of star, you become happy)

Theme of this page is how to become happiness.
Happiness is in way to become eternal life living with gods of star.
God of star is existence in base of universe.
When you pursue to close god of star, you become happy.


このペ-ジのテ-マは、人間にとって何が幸福であるのか、です。
人間の真の幸福は星の神々とともに生きる永遠の生命への道にあることです。
星の神は宇宙根底の存在です。
あなたが星の神に近づくことを探求するとき、あなたは幸せになります。


内向きの喜びと外向きの喜び(シュレヤとプレヤ)

 以下は1956年のサーカーのスピーチのSHREYA AND PREYA(SUPREME BENEVOLENCE AND MUNDANE PLEASURE)の要約と解説です。

(1)「外向きの知」と「内向きの知」

 「外向きの知」とは、私たちが学校教育の中の理科系の諸科目、社会の中でも政治、経済、地理、歴史のような知識です。
これらは明確に心の外側に存在している対象についての知識です。

 「内向き」の知とは、心の外側ではなく、心の内側に奥深く入ってゆく時につかんでゆく知であり、その中には、瞑想によって心を平穏、冷静にすることによって高まる倫理的判断力としての知(智)などが含まれるととりあえずしておきましょう。

 (正確には、心を純粋意識に向かわせしめることによって全宇宙の根源にある知の実体にいたることを内向きの知と言っていると思います。
これをサーカーは直観科学といい、ウィルバーは黙想科学と言っています)

(2)一時的な喜びであるプレヤ、永遠の至福に近づくシュレヤ

 シュレヤとプレヤというテーマは、知の側面でなく、それへの到達が喜びである側面を述べています。
外の対象に達し、外の世界に地位を確立する喜びがプレヤです。
心が内側を向いて進み、無限の純粋意識の状態に近づく喜びがシュレヤです。

 心の外の対象に向かう喜びであるプレヤは、魂の純化の喜びを実現しません。
プレヤの喜びは一時的なものであり、永久のものではありません。

 「プレヤPreyaは、心の喜びだけの事柄であり、その人の魂を拡張させる方法ではありません。
ある人が空腹であるとしましょう。
食べ物のプレヤPreyaは、彼の空腹の痛みをすぐにやわらげることに役立ちます。
しかし、永久的にやわらげるでしょうか。
今日、お菓子を食べた後、その人の空腹は、さしあたりは満たされるでしょう。
しかし、明日にはふたたび空腹であることに気付きます。
お金に『飢えている』人に一定量のお金を与えてごらんなさい。
彼の欲望は止まるでしょうか。
彼は一時的な満足を実現しますが、心の中には『飢え』を育みつづけます」(SUPREME BENEVOLENCE AND MUNDANE PLEASURE)

(3)反作用の帰結をともなうプレヤの喜び

 なぜ、目前の一時的な喜びに人は夢中になるのでしょうか。
サーカーは、人間は、近未来のことしか見えないからだと言います。
長期的にみるとプレヤには必ず反作用の帰結が待っています。

 「なぜなら、たいていの人間は、遠くまで見えていないからです。
彼らは近未来しか関心がありません。
遠い未来に不幸の予感があっても、現在と近未来のことに夢中になり、それを忘れることを選びます。
人間の性質はそのようなものです。
自分の前にやってくるものは善悪を問わずつかみ取ってしまいます。
そして長期の目標に向かって熱心に成功裏に進んでゆくかわりに、将来への帰結を残します」(SUPREME BENEVOLENCE AND MUNDANE PLEASURE)

 そして反作用の帰結をもつプレヤではなく、シュレヤこそが永久的救済の道であると説きます。
 「本当に知性ある人物はプレヤの卑しさにふけることはありません。
なぜなら、束の間の幸福感を得た後、それは百万倍のトラブルのもとになるだけだからです。
プレヤでは、悲しみ(トラブルgrief)は、しばらくの間だけ延ばされるだけで、永続的ではありません。
アルコールによる酔いで人生の苦悩と試練を一時忘れるように、麻薬による麻痺できびしい現実を忘れるように、年中、朝、晩、慢性病の治療のために医者のサービスを求めます。
賢明な人は、悲しみからの永続的な解放を求めるでしょう。
それは、プレヤではなく、シュレヤの究極的な結果としてなされます」(SUPREME BENEVOLENCE AND MUNDANE PLEASURE)

 さらにサーカーは、プレヤの道を進むものは最終的に他の人を惨めにする存在に低下してしまうと言います。

 「ある男が、自分の妻と子どもたち、富と財産が自分の人生の唯一の目標であり、彼の人生の本質であると考えます。
その結果は、プレヤの追求から自分自身が言いようのない惨めさに苦しむだけでなく、彼自身が、他の人を惨めにする存在になります。
妻、夫、子どもは、人生のすべてではありません。
プレヤ・サーダカ(=プレヤを追求する人のこと・・・訳者)はこれを理解しようとしません」(SUPREME BENEVOLENCE AND MUNDANE PLEASURE)

(4)全宇宙的一者をめざすシュレヤ、断片を対象とするプレヤ

 プレヤの対象は断片であり、シュレヤの対象は、統合的な全宇宙的一者です。
サーカーは、心は念ずるものの性質を帯びると繰り返し論じています。
プレヤの喜びを追求する心は断片化します。
それに対してシュレヤの至福を追求する心は、統合化、すなわち一つの全体性に至ります。

 「個体によって楽しむことのできるプレヤの対象は、断片的です。
そのような断片的な喜びの対象に対する魅力は、カーマka'maすなわち世俗的切望 mundane longingと呼ばれています。
そして統合的な一者integral One、偉大なる「私」 Great 'I'に対する魅力は、プレマPrema すなわち聖なる愛 Divine Loveと呼ばれています。
カーマka'maの運動は、個体実体に向かっています。
それゆえ、それは外向性です。
プレマの運動は、根本魂Soul、最高の平穏Supreme Peaceに向かっています。
だからそれは内向性です」(SUPREME BENEVOLENCE AND MUNDANE PLEASURE)

 このコスモス宇宙の断片に魅せられて断片を追求するとどうなるか、サーカーは次のように述べます。

 「肉欲の対象Sensual objectsは、当然のことながら、粗大であり、卑小なものmeanです。
これを人生の目標とする人々は、自然と粗大で卑小になります。
彼らは徐々に獣になってゆきます。洗練されたセンス、誠実さ、魅力、姿勢をもっているジェントルマンに見える男が、しばしば、実際には、ならず者、うそつき、豚です。
表面的な外観からは人間であるように見えるけどれも、実際には堕落した獣です。
現代社会においては、多数のそういうタイプの人々を見いだすでしょう。
ミーティングで、ある人は、大衆の向上について崇高な心に訴えるスピーチをします。
しかし、心の中では大臣になり、財を得る見込みを思い巡らしています。
自分自身は農民や労働者ではないが、農民や労働者の苦難に対してそら涙をたくさん流す人々に出会うでしょう。
一般大衆の苦難に胸を涙で濡らし慣れているこの悪者たちは、影響力のある強い立場を得た時、瞬時にそれを忘れます。
そして彼らの本当の人柄があらわになります」(SUPREME BENEVOLENCE AND MUNDANE PLEASURE)

(5)有限の実体への愛は断片的エゴになる。

 有限の実体への愛は、断片的エゴにならざるをえず、最終的に卑小な心となってしまうと論じます。  「プレヤすなわちカーマでは、有限の実体のみに忙しくしています。
だから、そのようなことを喜んでいる断片的な個体であるエゴは、小さいエゴであらざるをえません。
常に個体に没頭したままで、エゴを発達させることは不可能です。
社会的に高い地位を得た賢明な人々、たとえば知的な業績をあげた科学者や哲学者も、自分に対する高い尊敬を得、自分の威信を守ることに常に関心をもっている人は、自分のエゴの満足のために感覚的対象、断片的対象を追求します。
たぶん、彼らは、自分のエゴの小さな対象のために自分心に卑しさが染み込むことを認識することを意図的に拒否します。
その結果、彼らの尊敬、威信、地位のすべては最終的に粉々になり、ゴミ屑になるでしょう」(SUPREME BENEVOLENCE AND MUNDANE PLEASURE)

 プレヤの喜びは達した後に何倍もの苦しみがやってきます。

 「部分は小さく、必ず限界があります。
終わりとともに始まりがあります。
人々は、限界あるものの限界the limit of the limitedにはすぐに達し、その喜びの記憶は、喪失感の痛みを百万倍も高め、その喪失感の火の中で心を焼け焦がすことになることに、限界に達した後も気づきません。
シュレヤを得ようとしていない人々は、時間がまだある間は、プレヤの炎にあまりに取り囲まれているので、そこからほとんど逃れることができなくなります」(SUPREME BENEVOLENCE AND MUNDANE PLEASURE)

(6)表面の背後に永遠の実体を見る

 表面の背後にある永遠の実体を認識する時、永遠の愛が生まれると述べます。

 「本当に永続的な魅するものattraction、すなわち聖なる愛が生じるようになるのは、表面的な魅力と愛着的感情の背後にある永遠の実体Eternal Entityが認識された時のみです。
聖なる愛divine loveにおいて 愛情のこもった感覚は、単に感情として味われるだけのものではなく、その本質が認識されます」(SUPREME BENEVOLENCE AND MUNDANE PLEASURE)

 「シュレヤの対象は無限です。
それは始めも終わりもありません。始まりがなく、終わりもなく、永遠に流れてきたひとつの純粋な至福Blissの絶えることない流れが、ブラフマです。
それは魂 Soulの分割不能の光り輝く本質です」(SUPREME BENEVOLENCE AND MUNDANE PLEASURE)


H.P. of socialist earth government (社会主義地球政府のH.P.)

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