One People, One World - LONDON 2014 Humanitarian Conference
(video inspired by god of star)



(Humankind should make up one world as parent gods)

Theme of this page is oneness of humankind.
Humankind has various features.
Various features are surface.
Ectoplasm of human is made from ectoplasm of god of star in base of universe.
In base of universe there is one society of gods of star.
One means collective pure consciousness of gods of star.
Human being is child of god of star.
Humankind should make up one world as parent gods.


このペ-ジのテ-マは人類の一体性です。
人類は多様な特徴をもっています。
多様な特徴は表面です。
人間の思念体は宇宙根底の星の神の思念体からできています。
宇宙根底には星の神々の単一の社会があります。
単一とは星の神々の集合的な純粋意識です。
人間は星の神の子です。
人類は親の神々のように一つの世界をつくりあげるべきです。


サーカーの「人類社会論」

▼現われの多様性と根源の同一性

◎多様性についての見方

 「一から多が生まれた」とは世界最古の哲学であるウパニシャッド哲学の言葉です。
サーカーの哲学も同じく、根源的な1つのものが多様なものとして展開しているのがこの世界であると見ます。
150億年前のビッグ・バンから大宇宙が始まったというのが現代の科学の立場ですが、1点だったこの大宇宙が無限の多様性の中に展開するようになり、現在も多様性の中に展開しながら大宇宙の創造過程が進んでいるという見方です。
不思議なことに、「一から多」という視点は今日の科学とも合致しています。
サーカーは、原子、分子に至るまで同一のものは何ひとつなく、多様性こそこの大宇宙の姿だといいます。

 しかし、「多の根源は一」なるものです。私たちのこの体も、この壁も、このパソコンも、科学でいえば原子が組み合わされてできているように、同一のものが多様に表現されたものです。
多として表現されている多様性の根源を見つめれば、自分も含めて「1つ」であることが見えてきます。

 この見方を前提に、「人類は1つであり、分割できない」ことをサーカーがどのように論じているか、見てみましょう。

○人類の種的多様性

 この宇宙がそうであるように、人類も多様です。

 「ある国の人々は、肌が黒く、背が高く、黒い瞳と黒い髪を持ち、唇は厚く、鼻は平らです。
別の国の人々は、色白の肌で中ぐらいの身長、瞳は青く、ワシ鼻です。
世界のさまざまな場所の住民の顔つき(髪、目、肌、鼻、唇など)には著しい違いがあります」(Human Society is One and Indivisible 1)

 しかし、あらゆるものが「一から多」であるように、本質的に人類は1つなのです。
この本質を忘れ、表面に現われた多様性に目を奪われた人々は、人種的優越性の教義を説きました。

 「その結果、自分たちの仲間である人類に憎悪を引き起こし、残酷な結果を招き、野蛮な血にまみれた戦闘にふけることになりました。
これらは人間の歴史の中でもっとも暗く嘆かわしい部分です」(Human Society is One and Indivisible 1)

◎サーカーの人類進化論

○人類の祖先は同一

 人種的優越の議論は非科学的であると批判しながら、サーカーは、「人類は1つで、分割できない」という一連のスピーチのうちの最初のスピーチで「人類の祖先は同一」であることを強調しました。
まず彼の人類進化論から見ていきましょう。

 数百万年前、2本足で歩いた猿であるアウストラロピテクスが登場します。
サーカーは、この2本足で歩いた猿の「一方がチンパンジーとオランウータンへ、他方が人類へ」つながる方向に枝分かれしたといいます。


*注=アウストラロピテクスと進化の系統樹  今日の学問では、アウストラロピテクスから2方向へ分かれたのではなく、類人猿からチンパンジーなどの猿と2本足で歩いたアウストラロピテクスへと分かれ、アウストラロピテクスの枝葉が人類に発達したと見られています。
サーカーは、最初の発見者が命名した類人猿としてのアウストラロピテクス(南の猿)という意味で使っていると思われます。


 サーカーは、人類につながる枝葉(種)の中からホモ・エレクトゥスが登場してユーラシア大陸に広がり、さらに多数の枝葉に進化して現在の人類の祖先であるホモ・サピエンスのみが世界に広がったと見て、次のように述べます。
 「ホモ・エレクトゥスのさまざまなグループが、さまざまな方向に広がりました。
あるグループは自然の猛攻の前に絶滅していく運命にありました。
別のグループは適した環境を得て、より高い種のもとになりました。
(今日の)人類の出現を担ったホモ・エレクトゥスは生存を維持できませんでした。
地球の自然環境の巨大な変化に自分たちを適応させられなかったからです」(Human Society is One and Indivisible 1)

 「一から多が生まれる」という見方を堅持するサーカーのこの指摘は説得力があります。
世界史の教科書的な説明では、私たちはアウストラロピテクス、ホモ・エレクトゥス(北京原人、ジャワ原人)、ネアンデルタール人(旧人)、ホモ・サピエンス(新人、現生人類)というふうに進化してきました。
頭には単線的イメージが残ります。
しかしサーカーは、ホモ・エレクトゥスが無数の多様な枝葉に分かれ、その1つがホモ・サピエンスだったというのです。
サーカーはネアンデルタール人には触れていませんが、彼の論理では、ネアンデルタール人はホモ・エレクトゥスの多様な枝葉の1つということになります。

 ホモ・エレクトゥスから展開した枝葉のうち、現在のホモ・サピエンスに進化したもの以外が消滅したことについてサーカーは次のように述べます。

 「地球上のあらゆるものは変化と進歩の原理に服します。
次の時代に地球環境と自然条件に巨大な変化があり、その結果、数千の種が消滅していきました。
自然の不変の法則ゆえに、これらの種は何の痕跡も残さずにこの地を永遠に去らねばなりませんでした。
しかし、絶滅の前に子孫を残した種がありました。
その子孫のホモ・サピエンスは人類の直接の祖先となりました」(Human Society is One and Indivisible 1)

 学問的には、北京原人が進化して現在のモンゴロイドにつながったというように各地で多元的に進化したという説と、サーカーが断言するように旧人類は絶滅し、現在の人類は同一のホモ・サピエンスを祖とするという一元的な説があります。
しかし、遺伝子研究やジャワ原人の化石の研究が進み、サーカーの説が正しいことが証明されつつあります。

○人種的特徴の起源は自然環境の相違

 ホモ・サピエンスが世界中に広がっていく様子をサーカーは次のように書いています。

 「最初のホモ・サピエンスは1つの場所にはとどまらず、より快適で安全な生活の場所を求めて、ユーラシアから北極海へ、ベーリング海峡からメラネシアへ、そこからさらに未踏の地に新しい住処を見つけるために移動していきました。
ホモ・サピエンスという単一の種が、このように世界のさまざまな地域に分散していきました」(Human Society is One and Indivisible 1)

 その中で、コーカソイド、オーストラロイド、モンゴロイド、ネグロイドといった四大人種が形成されてきました。
 では、なぜ同一の種であるホモ・サピエンスが今日のような多様な肌や目の色、鼻の形などに分かれてきたのでしょうか。
サーカーは、外見上の多様性は自然環境の産物であるといいます。

 「私たちのこの惑星は地理的に特徴ある地域に分けられます。
雪に覆われた極地、熱い砂と乾燥の砂漠、遠い水平線にまで広がり絶えず波立っている海、高くそびえる山岳。ある場所では川が巨大な平原を二分し、別の場所では高い波が大きな音をたてながら岸壁を壊します。
人類は地上に出現して以来、こうした自然環境に直面していることを見出し、生きるために、この逆境に歯を食いしばって闘わなくてはなりませんでした。
その過程は外面の身体構造に著しい変化をもたらしました」(Human Society is One and Indivisible 1)

・肌の色、瞳の色

 「太陽の熱が大きいほど、日光の紫外線の量が大きくなります。(中略)
太陽光線が地上に斜めに注ぐところでは、太陽の熱量は少ないです。
太陽光線が地球に真っ直ぐ注ぐところでは、熱量はより大きいです。
熱帯地域では、白い肌の人々の生存は困難でした。
なぜなら、彼らの肌は、メラニンという化学物質が少ないので多量の熱には耐えることができません。
多量にメラニンを持つ皮膚は黒くなります。
少量のメラニンの皮膚は白くなります」(Human Society is One and Indivisible 1)

 「暑い国々では人々は一般的に黒い瞳をしています。
やけ焦がす太陽光線から眼球を守るためにより多くのメラニンが必要だからです」(Human Society is One and Indivisible 1)

・鼻孔の大きさ

 「暑い地域に住む人々の鼻孔は比較的大きくなります。
なぜでしょうか。
外部の熱によって体温が上昇するため、体内の熱を早く外に出す必要があります。
熱い空気を多く、急速に吐き出した結果、鼻の前部が大きくなります。
一方、寒い地域に住む人は体の脂肪組織が発達します。
この脂肪はとくに体温維持に役立ちます。
鼻は高くても鼻孔は比較的小さいのは、冷えた空気が大量に体内に入れば、肺と声帯に悪いからです。
呼吸する時に体内に入る空気が必要量よりも多くならないように、体を理想的に適応させたのです」(Human Society is One and Indivisible 1)

・四大人種の移動先

 サーカーによれば、このようにして次の4つの人種が生じてきました。

 「今日の世界には4つの主な人種があります。コーカソイド(アーリア人)、オーストラロイド、ネグロイド、モンゴロイドです」(Human Society is One and Indivisible 1)

 そして、それぞれ次のように移動したと述べます。
 「アーリア人は初めに西アジアへ移動し、黒海からドナウ渓谷、中央ヨーロッパ、西部ヨーロッパへと移住しました。
彼らは、イラン、シリア、パレスチナ、エジプト、北アフリカ、スペイン、地中海沿岸に沿って進出して定住しました。
そして西フランスからイギリスへと広がりました。
後に、アフガニスタン、インダス渓谷、レッドリバー渓谷、そして極東の韓国、日本まで広がりました。
 モンゴロイドは主に中国に住み、後に北極海からベーリング海峡、白海まで広がりました。
アジアの高い山々に阻まれて西方へは移動できなかったため、東方や南方へ進み、ビルマ、タイ、インドシナ、スマトラ、ジャワ、ボルネオ、フィリピン、日本に到達しました。
そしてもともとその地域にいた住民に加わりました。
 ネグロイドは、アフリカの赤道付近、インド洋の南部沿岸付近、ニューギニアの赤道付近で暮らしていました。
彼らの子孫は南インド、アンダマン諸島、マレー半島、フィリピンにいます」(Human Society is One and Indivisible 1)

◎人種に優劣はない

○人間の基本的な特質は同一

 人種の起源を遡れば同一の祖先に行き着くだけでなく、私たちすべての人類の心の性質は同一であるとサーカーは述べています。

 「人間社会は、人種のさまざまな枝葉からなっています。
ある人種が別の人種より優れていると考える根拠は何一つありません。
外見的な相違は、基本的な人間の特徴――愛情と愛着、喜びと痛み、飢えと渇き――を変えるものではありません。
生物学的な本能と基本的な心の性向は、すべての国のすべての時代のあらゆる顔つきをした人間に等しく備わっているものです。
インドのビハール州チョタ・ナーグプル高原の無名の村で半裸の生活をしている部族の読み書きのできない母親は、自分の子どもたちに深い母性愛を抱いています。
ニューヨークで暮らす高い教育のある母親も、自分の子どもに深い愛情を注ぎます。
愛はすべての人の心の奥に流れています。
痛みを感じた時にはすべての人が叫びをあげ、嬉しくて幸せな時には喜びを感じます」(Human Society is One and Indivisible 1)

 さまざまな人間グループの生活習慣や生活スタイルは、地理的環境、文化的環境、社会的環境によって異なります。
そして独自の心理的特徴を持つようになります。
しかし、その心のありようは根本的に同一であるとサーカーは考えます。
これについては別の個所で論じます。

○文明と黒色人種

 世界史を学べば、エジプト文明、メソポタミア文明、地中海文明、インダス文明、黄河文明、マヤ・アステカ文明など、さまざまに分岐した人間社会が異なる文明を生み出してきたことがわかります。
これらは、白色人種と黄色人種の分岐が作り出した文明でした。
世界史にはジンバブエのモノモタパ王国なども出てきますが、他の人種に比べて彼らの貢献度は低いような印象があります。
それは西洋人の支配と自然環境の過酷さという2つの理由のためであり、黒色人種もまったく劣ることのない能力を持っているとサーカーは述べます。

 「黒色人種の人々も遅れてはいませんでした。
他の人種に比べて彼らの貢献度は低いような印象がありますが、それは人種的劣等のためではなく、いわゆる文明化した人種が利己的な政治的利益を求めて彼らの充分な発達の余地を奪ったためです。
加えて不利な自然環境は、彼らが知的な可能性を深めていくことを許しませんでした。
アフリカの中心部には焼けつくようなサハラ砂漠があり、大陸のほとんどが海に囲まれています。
交通を妨げる奥深い森林もあります。
この不利な自然環境は、アフリカ人が内面を見つめることを妨げました。
これらのことが、彼らが過去に文明を打ち立てられなかった背景にあります。
しかし彼らの中にも計り知れない潜在能力が横たわっています。
緊急に必要なことは、適した環境を作り、潜在力を発達させることです」(Human Society is One and Indivisible 1)

◎他人種と混合していない人種はありえない

○人種の混合

 半世紀以上前、ヒトラーがゲルマン(ドイツ)民族の優秀性を説き、日本では大和民族の優秀性が説かれました。
今また形を変えて、教科書問題などに見られるように日本人としての独自の誇り(優越性)が説かれようしています。
しかしながら、日本人が人種的に他の民族に比べて優越しているわけではありません。
日本人の起源についての研究が明らかにしつつあるように、日本人もさまざまな亜人種グループの混合によって成立してきました。
サーカーは「分析すれば、現存する人種のどれ1つとして他の人種と混血していないものはないことがわかるでしょう」と述べます。
そして人種混合の例として次のように語っています。

 インド人……「インドでは、4つの主な人種のすべてが密接不可分に混ざり合いました。(中略)
ベンガルで最大限の混血があり、ベンガル人の人種はコーカソイド、モンゴロイド、オーストロイド、ネグロイドから進化しました。
ビハールとオリッサの人々とカーヤスタ(訳注:東インドの高位カーストのヒンドゥーコミニティ)はベンガル人の人種に属しています。
南部インドでもネグロイドの血がオーストロイドの血と混ざり、新しい人種であるドラヴィダ人が出現しました」(Human Society is One and Indivisible 1=以下同)

 フィリピン人……「今日のフィリピン人はモンゴロイドの要素が支配的ですが、ネグロイド、モンゴロイド、コーカソイドの混血です。
文化人類学の研究は、今日のフィリピン人の人種はインド、インドネシア、マラヤ、中国、アフリカ、アラビアの人々が入り交じってできてきたことを証明しました」

 中国人……「中国の人々は、南ロシアと中央アジアから来た人々からなっています。
大中国の人々は、これらのさまざまなコミュニティの混合です」

 日本人……「日本人の人種は、アムール川の岸辺からやってきたアイヌ(白人の亜分岐)、朝鮮からの黄色人種の亜分岐、マラヤとインドネシアから移住した褐色の人々が混成した共同体の混血から進化しました」

 サーカーによる日本人の起源論は、中国大陸からの直接の移住に触れずに朝鮮半島からの人々だけを述べている点と、アイヌ人を白色人種の分岐としている点を除けば、最近の研究と合致するものだと考えます。

 日本でも、以前はアイヌ人の起源は白人だとされていました。
しかし10年くらい前から、沖縄の人々とアイヌ人は古モンゴロイドの縄文人の子孫であり、朝鮮半島を通じてやってきた新モンゴロイドが東北を除いて本州を制圧した。
したがってアイヌ人は古モンゴロイドであるという説が有力となっています。
しかし、秋田犬や北海道犬の遺伝子はコーカソイドが飼っていた犬と共通であるところから、コーカソイドから分岐したグループが陸続きだった時代に犬をつれて渡来してきたという説もあります。
したがって、サーカーのいうようにアイヌ人の起源がアムール川域の白色亜人種と見ることも完全には否定できません。
また、沖縄とアイヌの両方が起源を同一とする古モンゴロイドだとする説よりも、沖縄の人々がサーカーのいうように南の地域から海岸線を北上してきた人々の子孫である説の方が、説得力があります。

○人種混合の背景

 人種混合について、サーカーは次のように述べます。
 「このように未知の歴史のほの暗い過去にさまざまな人間集団が別の集団と接触しました。
避けがたい血の混ざり合いがあり、最終的には長い期間を経て多くの新しい人種が生じました。
人間が先天的に持つ移住を求める性質が別の地平線へ、別の半球へと駆り立てていきました。
いくつかの理由から人間は地理的制約を打ち破って別の土地をめざし、別の共同体と関係を持ちました」(Human Society is One and Indivisible 1)

 さまざまな人間集団が混じり合い、数多くの亜人種が生まれた直接的、間接的原因の主なものとしてサーカーは次の6つをあげます。
 (1)生きるために不利な自然環境に対して共同で戦うため
 (2)戦争を通じて勝者と敗者となり、王国の支配領域が拡大したため
 (3)共通の宗教を信じたことによる内面的な結びつきのため
 (4)地理的近接のため
 (5)相互の交易のため
 (6)言語的、文化的な交流を通じて

 近年でも、このようにして新しい亜人種が出現している例を2つ挙げています。
 「南アフリカでは、ネグロイドとヨーロッパ人とインド人の混血の結果、新しい人種が出現しました。
コロンビアやメキシコでは、ヨーロッパ人と先住民の人種間の婚姻の結果、メスチーソの共同体が現われました。
それが、鼻、目、髪、身長などの相違にこだわることが適切でない理由です」(Human Society is One and Indivisible 1)

◎人類社会は1つであり分割できない

 人間社会は、多様化の中で統一への努力をしている。
時代遅れのナショナリズムを克服し、普遍的社会をめざして、心ある人間は「人類社会は1つであり、分割できない」と主張していこうとサーカーは呼びかけています。

 「人間の社会は絶えず多様化を通じたある種の統一に達する努力をしています。
小さな氏族の自然の障害、狭い宗派的利害、地理的隔たり、手に負えない慣習と慣行――これらの障害のどれ1つとして最高のゴールに向かう着実で静かな動きを妨げることはできません。
アパルトヘイト政策、人種的優越のうぬぼれ、民族排外主義、地域主義などの相対的な教義や社会哲学が人間社会の進歩を妨げられなかったのはそのためです。
ナショナリズムの時代遅れの理想は今日、粉々に砕けつつあります。
新しく目覚めた人間性は、広大な青空の下に1つの普遍的社会の到来の先触れとなることを切望しています。
すべての国々の高貴で公正な人物人々は、友愛の絆に結ばれて、1つの声、1つの心、同一のトーンで、人間社会は1つで分割不能であることを強く主張することを熱望しています。
この全体の統一と雅量の中に不朽のヒューマニズムの価値とメーセージが横たわっています」(Human Society is One and Indivisible 1)

▼人類社会における内的同一性

◎人類間の一致をどこに見出すべきか

 サーカーはこう言います。
 「さまざまな種族や国々が、小さな利己的な利益のために衝突と紛争に悩んできました。
あらゆる家屋が紛争で揺さぶられています。
幾度の戦争が世界を悩ませてきたことでしょうか。
どんなに多くの血が世界の川に流れたことでしょうか」(Human Society is One and Indivisible 2)

 最近の例を挙げても、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件、アフガン(報復)戦争、パレスチナ紛争、イラク戦争などがあり、流血の終わる展望は見えていません。

 宗教や言語、民族を超えて、私たちは人々の間に相違はないと本当に言いきることができるでしょうか。
人類の間に共通の絆を生み出す一致点はどこに見いだせるでしょうか。
サーカーは次のようにいいます。

◎心の内面に目を向ける

 「適切な答えを得るためには、人間の心理に深く入らなくてはなりません。
真の統一は心の領域に横たわっているからです。
人間の外向きの心は、生まれ持っているサンスカーラのために外部の状況にとらわれ、影響を受けるようになります。
課せられた社会のサンスカーラによって影響された人は、他の人を憎みはじめます。
しかし、この敵意や恨みは外的なものです」(Human Society is One and Indivisible 2)

 サンスカーラとは、心の奥深くの「反作用の潜在力」のことです。
外部の出来事が心の奥深くに刻まれていることです。
ボールにできたヘコミは、ある状況になると元に戻ろうとします。
同じように外部の出来事によって心の奥に刻まれたヘコミであるサンスカーラは、特定の状況の下で表現されます。
たとえばイスラエルの残虐や占領の憎しみを大人から聞いて育ったパレスチナ人の子どもの場合、イスラエル軍の侵攻によって人が死んでいく状況の下で心に刻まれた敵意と憎しみが表面化し、自爆テロへと駆り立てられることがあるでしょう。
しかし「敵意や恨みは外的なもの」とサーカーはいい、内面に目を向けよと次のように述べます。

◎他者に引きつけられる引力

 「内面的には、すべての人間は他者に深い引力(魅力Attraction)を感じています。
それは生物の自然の習いです。
大宇宙の心によって生み出された物体の間にバランスをとる力がなかったとしたら、宇宙構造は粉々に砕けていたことでしょう。
宇宙のバランスは、異なる物体や実体の間の引力によって維持されています。
原子や分子から、発達した意識を持つ人間まで、すべての実体は互いに引力(魅力)を感じています。
彼(ブラフマ)はその神秘的な宇宙的愛によってすべての有限の実体を自分に結びつけています。(中略)
それゆえ引力(魅力)は、自然の法則です。
 引力(魅力)は、否定的な嫌悪(反発作用)ではありません。
嫌悪は否定的な引力です。
外的世界において人間の間に見られる相違は、否定的な引力の表現以外の何ものでもありません。
生ずる相違に対して人々は互いにある種の関係に入らなくてはなりません。
近づくことなしには何の紛争もありえません。
今日の意見の深刻な違いは、明日は友愛に変わるかもしれません」(Human Society is One and Indivisible 2)

 原子のレベルから銀河、太陽系のレベルに至るまで、すべての実体は回転し、その中心があり、引力を持っています。
この大宇宙のすべての実体が引力で組み立てられています。
人間という中心を持った実体も引力(魅力)を持っています。
サーカーは、人間の間にある相違による反発作用は否定的引力(魅力)なので、人間同士の友愛に変わる可能性をもっているというのです。
たとえば1945年以前の日本社会では白人との混血児は、その相違ゆえにいじめられましたが、最近生まれた白人との混血児は、相違を魅力と受け止められる雰囲気もでてきました。
このことは相違から来る嫌悪が魅力に変わる可能性の一例だと思われます。
この議論は、物体間の引力と人間間の魅力を同一の原理で見ているところに特色があります。
サーカーは、人間同士が引かれあう魅力も、太陽が地球などのそのまわりを回転する惑星を引っ張っている力も、原子、分子を組み立てている回転する電子をひっぱっている力も同じattracitonという概念でとらえます。

◎総合への努力による内的統一を

 サーカーは、社会を分裂させるような相違は共同の福利のために取り除き、逆に共通の絆や生活の多彩な表現の中に類似点を探そうといいます。  「類似点は助長され、相違点は抑制されるべきです。慣習、マナー、食物、衣服、言語などのさまざまな相違点が不当に重視されたなら、衝突と紛争が増大するでしょう。そして、これらの相違が強制的に統一させられたならば、それは危険を伴います」(Human Society is One and Indivisible 2)  サーカーの提起する政策は「統一の側面を促進し、不統一の側面を抑制しよう」というものです。相違が生じる余地がある時はいつでもそれを無視することが賢明な態度だといいます。私たちは、ともすれば相違点を強調して発言してしまうことが多いですが、サーカーは「もし、どうしても何かをいわなければならない時は、今は小さな相違について考えるにふさわしい時期ではないというべきでしょう」と述べます。 ◎社会・経済的領域における統一の促進  社会的な統一感情を前進させるために、サーカーは次のような点を指摘します。

 第一に、社会的経済的不均衡を除去しなくてはなりません。
「一方に贅沢にふける人がおり、他方に徐々に飢えて死んでいる人がいる社会では、友愛の絆が生じようがありません」(Human Society is One and Indivisible 2)

 第二に、社会の領域で下層の人々に対する蔑視があれば、社会は友愛の雰囲気を持てません。
「富を持つ人々は、自分たちの目的に奉仕させるために他人をお金で買おうとします。
しかし、富を持つ人々が奴隷と統一することはできません」(Human Society is One and Indivisible 2)

 第三に、貧困はすべての人にとっての共同の敵という点で一致して、貧困に対して止むことのない闘いを実行していく中で統一感情を生み出すべきだといいます。
人の心の温かさを経験するためには、人間の作り出した人工的な相違という間違った感情を捨てなくてはならないでしょう。
そのためにまず私たちは貧困に対して止むことのない闘いを行なわなくてはなりません。

 「(貧困という)共通の敵に強い攻撃を加える時、すべての利害を持つ党派は自分たちの利益を動機として統一することになるでしょう。
貧困に対するこの運動は、1歩1歩進めていかなくてはならないでしょう」(Human Society is One and Indivisible 2)

 貧困との闘いは反搾取感情を引き起こすことから始めること、世の富はすべての人の共有財産であるという観点に確信を持たせること、すべての人に購買力を保障すること、富を増加させること、自立的な社会経済圏を作ることなど、プラウト経済論によって搾取と貧困をなくす取り組みをサーカーは主張しています。
そしてこれらの取り組みを通じて社会的統一感情を育むことが可能になると考えます。

◎「心理⇒感情的」領域における統一の促進

 「人間は生まれつき感情を持っています。
とくに気に入っている対象への感情が集合的感情と調整されるならば、その感情を人間社会の統一を確立するために活用できるでしょう。
 対象への人間の感情は、時に集合的感情とは逆方向へ動くことがあります。
それはより大きな不統一を生み出します。
人間の統一に役立つ感情が助長されるべきであり、人間社会に分裂を生み出す感情は拒絶するべきです」(Human Society is One and Indivisible 2)

 サーカーは、教育的価値のあるマハーバーラタ(古代インドの叙事詩)や、狭い感情を超えて統一と友愛の理想を広めた聖人たちの話も人々の間に統一の感情を育む上で有益だと述べています。

◎「心理⇒精神性」の領域における統一の促進

 イギリス支配下にあったインドは、イギリスに対して独立を求める点で幅広い統一感情育みましたが、独立を達成すると、その統一感情は消えていきます。
貧困を共通の敵として社会的統一感情を育むこともできますが、その場合、貧困がなくなれば統一感情は消えます。

 社会的、心理的、経済的領域における集合的心理から育まれていく統一は、より大きな統一に向けた最初のステップであり、国の中に国民の形成もしくはより大きな内的な統一を導きます。
しかし、その感情が育まれた問題がいったん解決すると共通の絆が壊れます。
そこでサーカーは、全人類は根源において同じ聖なるものの現われだというスピリチュアルな見方を人々が身につけることが最高の統一に向かう道だと説きます。

 「永久的な統一のために精神性の見地が必要なのはそのためです。
すべての人間が精神性を深めてゆく渇望を持っています。
意識するしないにかかわらず、人間は最高実体を追求しています。(中略)

 『私は外国人かもしれませんが、自分の行くどの家にも住まいを見出します。
私はその家に入るための正しい扉を見つけるでしょう。
どの家にも私の愛しい親戚が住んでいます。
私はそれを必死に探し求めます』

 この普遍的なイデオロギーは絶対的真理に基づいています。
時、場所、人物に制限されていないからです。有限の心が無限の実体を対象として受け入れる時、心は完全に360度にまで広がっていきます」(Human Society is One and Indivisible 2)

 サーカーの理論では「外国人」はいません。
心はすべての人類を自分の身内としてとらえます。
無限の実体である根源の一なるものが形を変えて、あなたになり、彼、彼女になり、私になっています。
心は360度開いた広い心になっています。
このように心を広げる時、人類的統一が実現していきます。
したがって、人類がナショナリズムを乗り越えていくことが大きな課題となります。

 「ナショナリズムの感覚が生き残る限り、相互の対立は避けられません。
人間の福利は心の拡大に依存しています。
ナショナリズムがあらゆる人間を包含できない時、そのネイションは完全な福利を達成することができません。
幾人かの福利がナショナリストの狭隘《きょうあい》な心の範囲の外にある時、ナショナリストは彼らの悲しみを決して感じないでしょう。
ナショナリストの集団が自分たちのナショナルなエゴを確立するために別のナショナリストを攻撃するのはそのためです。
ナショナリズムだけでなくどんなイズムも、インターナショナリズム(国際主義)でさえも、もっとも高いレベルまでの心の拡大を実現するものではありません」(Human Society is One and Indivisible 2)

 ナショナリズムの克服は、精神性の実践によってすべては一であることを体感、実感することにあります。
それは人類はひとつという意識を育む、いわば人類ネイション、すなわち地球規模の政府を作ることにつながります。

 「普遍主義(宇宙主義)を確立する唯一の道は、精神性の実践を通じて心の拡大をもたらすことです。
精神性の見方を説くことは、ネイション間の国境を強めず、統一と願望の共通の糸を持った普遍的な国家(State)、地球規模のネイションの確立に導くでしょう。
そのネイションは人類ネイションとして知られることになるでしょう。
 この世界に存在する種族はただ1つです。
その名前は人類です。
すべての人が母なる大地の同じミルクで育てられています。
太陽と月はあらゆる人の伴侶です」(Human Society is One and Indivisible 2)

 人類のアイデンティティは、最初は氏族的なものに縛られ、次は身分や藩という地域に縛られ、そして近代になってネイションという領域に縛られています。
江戸末期に脱藩した坂本龍馬などが藩というアイデンティティを超えて日本人のアイデンティティを持ったように、サーカーの主張は、国民国家のアイデンティティを超えて人類意識、宇宙意識の覚醒を持って生きようということです。

▼考慮されるべき相違点

◎強制的に根絶してはならない相違

 サーカーは人類の統一をめざしますが、人類社会には決して一方が他方に押しつけてはならない正当に考慮されるべき相違があることも事実です。
食物、衣服、言語、宗教などです。
この相違を強制によって根絶してはならないとサーカーはいい、「人間が心からの統一の感情を持って互いに接するようになる時、共通の人生の喜びと悲しみを分かち合う時、これらの外的な相違は次第に当然のこととして消えていきます」といいます。

◎食物

 食習慣の相違は環境や栽培可能な食物の多様性から生まれており、食べ物には個人の好みの違いがあるため、サーカーは「ある食べ物を国民食と宣言し、誰もがそれを食べるように強制することは不当です。
人々がその食べ物に満足しなければ心に不満がたまり、爆発の機会をうかがうことになるでしょう」といいます。

◎服装

 自然環境によって衣服の習慣にも多様性が生まれています。
そのことを次のように説明しています。

 「たとえば、アラブ諸国のほとんどの人々は砂漠に住んでいます。
日中の猛烈な暑さの中で、焼けつく砂が強い風に吹き上げられます。
この砂嵐から身を守るために、人々は頭から足まで、顔や目も含めて、体全体を覆う衣服を着ます」(Human Society is One and Indivisible 3)

 アラブの女性が衣服で体全体をすっぽり覆っているのは、女性が他人に自分の身体を露わに見せることが宗教的に禁じられているためだとされています。
しかし実際は、サーカーの指摘のように砂漠の厳しい自然環境から身を守るための体全体を衣服で覆うイスラム以前からの地域的な服装習慣が宗教的にドグマ化されたと考えられます。
そのため、イスラム教国であるインドネシアでは、砂漠とは異なる気候であるために体全体を覆う服装は不合理であり、大衆に受け入れられなかったと考えられます。

 「インドの北ビハールは雨が多く、川や湖が豊富です。
そのためビハールの人々は川を渡る時に簡単に持ち上げて運べる腰布を身につけます」
「寒い国に住む人々は羊毛の着物を使用します。
暑い国の人々は羊毛を決して使いません」(Human Society is One and Indivisible 3)

 服装の多様性は自然環境の相違に由来するものであり、「食べ物と同じように衣服の違いを強制的に取り除くこと」をしてはならないとサーカーはいいます。
食べ物や衣服の強制は特定の宗教国家にしか見られませんが、サーカーのいうとおり、人類社会の統一には障害となるものだと考えられます。

◎言語

○言語の相違の起源

 サーカーは、言語の相違は種属的特徴と文化的影響から生まれたものであると考えます。
まず種属的特徴について次のように述べます。

 「言語的相違は、種属文化の影響によって生じています。
人間はさまざまなタイプの音で単語を組み立てます。
音は声帯を伝って流れ、口と鼻を通じて吐き出される空気によって生み出されます。
その音は、口、唇、鼻の形によって変化させられます。
一般的に、言語的相違は血液、鼻、髪、肌、目、身長の主要な6要素が累積して影響した結果によるものです」

 「言語は文化にも影響されます。
1つのコミュニティの文化は別のコミュニティの文化に影響するのが通例です」(Human Society is One and Indivisible 3)

 「種属文化」とはサーカー独自の用語で、身体と文化の接点の領域を指していると思われます。
その意味で種族ではなく種属という訳語を用いました。
そして言語の多様性が生まれるのには根拠があり、優劣をつけることにサーカーは反対しています。

○言語抑圧

 サーカーは、世界のすべての言語は同等の重要性を持っており、1つの言語を優位において他の言語を抑圧することを批判します。
たとえば、古代インドにおけるサンスクリット語による民衆の言語の抑圧、中世ヨーロッパにおけるラテン語による他言語の抑圧、中東のアラビア語によるペルシャ語の抑圧、現代カナダにおけるウェールズとケベックでの英語の抑圧、現代インドにおけるヒンディー語を国民言語として多言語グループに押しつけていることなどです。

○言語表現の6段階のうち4段階目まで人類共通

 サーカーは、言語は、心のもっとも奥に生じたものが、6段階を経て、表現されたものだと言います。
4段階までは全人類共通で、5~6段階で初めてそれぞれの言語として別の形で表現されるというのです。
私は次のように解釈しました。
「腹が減った」「アイ・アム・ハングリー」と表現される言葉は異なっても、まず血液中の栄養濃度が低下し、胃が縮小しているという事態の信号が脳に伝達され、脳に波動が引き起こされます。
腹が減ったという思いが生じ、思いの波動が言語の部位で特定の言語的振動に転換します。
おそらく言語的表現に転換される前の思いの段階の振動をキャッチして読み取れば、人類共通の特徴を持っているだろうと思います。
サーカーはヨーガの身体構造論を用いて次のように説明します。

 「言語の表現には6段階があります。パラー(Para')、パシャンティー(Pashyantii)、マディヤーマー(Madhya'ma')、デュオタマーナー(Dyotama'na')、ヴァイカリー(Vaekharii)、シュルティゴーチャラー(Shrutigocara')です。
 パラー、パシャンティーは表現の種子で、ムーラダーラ・チャクラ(Muladhara Cakra)に見出されます。
しかし種子は言語に変換されません。
それは考えの種子です。
これはサンスクリット語でパラーといいます。
パシャンティーは考えの種子が芽を出した段階ですが、1つ上のチャクラであるスヴァディシュターナ(Svadis'tha'na)・チャクラに見出されます。

 次の段階であるマディヤーマーにおいて、考えは、それを心象にするために統合していきます。
すなわち人々は伝えたい考えの形を視覚化します。
マニプーラ(Man'ipura)・チャクラにおいて、考えを音の形に転換する衝動があります。
ベンガル語では、私たちは時々、言いたい言葉が心に浮かんでいるが、それをはっきりと音にできないと言います。
表現の流れがマニプーラ・チャクラまで達したけれども、話す言葉を通じて伝えられないのです。
記憶は、ゆがみのため少し古くなり、言葉の心象はかすみます。
考えを言語に転換することが難しいのはそのためです。

 次のデュオタマーナーの段階では言語の形を得ます。
デュオタマーナーは振動を意味します。
この段階では、ある振動の表現がありますが、正確な単語は形成されていません。
振動が声帯に達する第5の段階では、考えは言語に変換されます。
これがヴァイカリーです。
最後の段階はシュルティゴーチャラーと呼ばれます。
言葉が舌の助けによって声に出た時です。
これが言語表現の主要な6段階です。
 すべての言語においてパラー、パシャンティー、マディヤーマー、デュオタマーナーは同一です。
5番目と6番目の段階においてのみ表現が異なっています」(Human Society is One and Indivisible 3)


*注=チャクラ
チャクラとは、「円」「輪」の意味ですが、ヨーガ身体論においては、スピリチュアルなエネルギーの凝集の場を意味します。
ここでサーカーは荒唐無稽な論を述べているように思えます。
しかし、ムーラーダーラ・チャクラは尾てい骨のところにあります。
スヴァディシュターナ・チャクラは性器のところ、
マニプーラ・チャクラはへそのあたりの内臓のところにあります。
アナーハタ・チャクラは肺のところです。
おそらく尾てい骨、性器、内臓のあたりの発達している魚類も言葉は発しなくても「お腹が空いた」という思いはもつでしょう。
肺が発達し、アナーハタ・チャクラのある動物は「お腹が空いた」時、鳴いて表現します。
ヴィシュダ・チャクラは声帯あたりにあり、声帯の発達した人間においてはじめて言語をしゃべります。
チャクラの発達を進化論と結びつけるとあながち荒唐無稽な議論ではないように思えます。

○言語によって人類を分割できない

 サーカーは、言語によって人類を分割してはならないと次のように説明します。
 「言語に基づいてどうして人類を分割することが可能でしょうか。
もし、英語を知っている少年がベンガル人の家族の中で育てば、ベンガル語が彼の自然の言葉となり、ベンガル人の言語に親近感を持つようになるでしょう。
その少年が生まれた時からベンガル語を聞いていたら、ヴァイカリーとシュルティゴーチャラーはベンガルの言語に合わせられます。
もし、少年の弟がドイツ人の家族の中で育てられたとすると、弟の自然の言葉はドイツ語になります。兄弟は言語に基づいて相争うことになるでしょうか」(Human Society is One and Indivisible 3)

 そして言語抑圧に対する反対を繰り返し表明します。

 「同時に私は、どの言語も決して抑圧されるべきではないとはっきりと言います。
もし、誰かがいずれかの言語の抑圧を試みるならば、結果は悲惨なことになります。
なぜなら人間は、ヴァイカリーとシュルティゴーチャラーへの不当な抑圧を我慢できないからです。
いかなる言語に対する不当な仕打ちも許すことはできません。
すべての言語が平等に尊重されなくてはなりません」(Human Society is One and Indivisible 3)

▼単一不可分の人類社会形成に向けて

◎人類社会は単一の実体

 「人間は自分の小さな利益のために、人類社会は単一の実体であり分割できないものであるという真実を忘れたままでいようとします。しかし、完全に忘れることと忘れた状態にしておくこととは同一ではありません」(Human Society is One and Indivisible 3)  つまりサーカーは、亡くなった親友や家族を決して忘れることはなく、忘れた状態にしているだけであるのと同じように、人は、人類社会が1つであり、分割できないという事実を忘れておらず、自分本位から忘れた状態にしているにすぎないといいます。  現在の60億人の人類の起源が困難な氷河期の環境を協力しあって生き延びてきた1つの部族集団の子孫であるとするならば、そしてユングのいう集合的無意識という議論が成り立つとするならば、私たちは肌の色が違っても、言葉や風俗・習慣が違っていても、まったく同じ区別できない人間であることを心の奥底の集合的無意識のレベルでは知っていることになります。では、人類社会が1つであることを思い出し、統一感情を強めるにはどうしたらいいでしょうか。 ◎搾取を取り除く  人類社会を分裂させている最大のものは搾取であり、搾取を根絶すれば、搾取する者と搾取される者の垣根はなくなるとサーカーはいいます。
 「今、搾取者として憎まれている人々は、その憎しみに値するかもしれません。
しかし、その搾取者は一夜にして搾取される側に没落するかもしれません。
逆に、今日搾取されている人が明日は搾取者になるかもしれません。
だから、人類をそのようなはかない分類法に基づいて分割することはできません。
搾取された人々は搾取者と同じ値打ちを持っています。
彼らの間の唯一の境界線は搾取です。
私たちが社会から搾取を取り除けば、搾取者も搾取される人もいなくなるでしょう。
根本的な病は搾取です。(中略)
搾取を取り除くならば、すべての人が友愛で結ばれた社会が実現するでしょう。
私たちは、富裕と貧困、あるいは教育のあるなしに基づいて人類を分割できません」(Human Society is One and Indivisible 3)

 サーカーの観点は、搾取された貧困者は富裕者に復讐しようというものではありません。
サーカーの協同組合論は、ヴァイシャの経済的搾取を廃止し、同じ働く仲間として彼らを迎え入れる理論になっています。

 付け加えるならば、金持ちの側から階級、階層で人間を区別することが間違いであるばかりでなく、その逆もまた間違いです。
過去の一時の中国、とりわけ文化大革命の時期、そして北朝鮮では、地主階級、富裕者階級出身を階級的に区別することがみられました。
カンボジアのポル・ポトが富者と知識人を全員虐殺しようとしたのも階級的区分によるものでした。
これらは共産主義の名を語って行なわれたもので、搾取に対する怒りを組織した反作用であり、より非人間的な社会を生み出しました。

 サーカーの論点では搾取をなくすことが目的であり、地主階級や資本家階級の抹殺ではありません。
この点、マルクスの視点はむしろサーカーと共通しており、人類は本来的に「類的存在」であるとして、搾取をなくすことによって階級対立に終止符を打てると考えました。

 現実の歴史展開の中では、サーカーのいうサンスカーラ(反作用の潜在力)が働いてしまい、搾取の廃止が目的であるのに支配者を倒すことが自己目的化してしまった結果だと思います。

◎有害なイデオロギーや理論の克服

 サーカーはイデオロギーという言葉を主に肯定的文脈で使います。
イデオロギーを持つ人間とは信念体系を持って生きていく、物質的な波にコントロールされない人間です。
しかし実際にはどの時代にもイデオロギー的衝突が生じます。
それぞれが自らの信念体系を正義と考え、他の信念体系と衝突します。
サーカーは、1つであるべき人類社会を分裂させようとするイデオロギーを誰かが説くところから衝突が生じるといいます。

 「もし誰かが、あるイデオロギーや理論に基づいて1つであり分割できない人類社会の中に分裂の原因を作ろうとするならば、それは悪意ある計画にほかなりません。(中略)
考えや理想は人類に有害であってはなりません。
人類に有害なイデオロギーは決して容認すべきではありません。
それは自滅です」(Human Society is One and Indivisible 3)

 つまり、人類社会を分裂させる有害な考え方と言説が人間同士の衝突を生んでいるのです。

 ただしサーカーは「知的衝突と結合は人間の知性に進歩をもたらす」として、知的衝突自体は理論や教義を発展させるものとして肯定的に評価します。
意見の相違が生じてくることは当然の現象と見ます。

 「人類はイデオロギー的相違があっても容易に共存できます。(中略)
1家族の中に4人の兄弟がいるとします。
4人が異なる考え方や見方を持つことがありえます。
それでも4人の兄弟は仲良くやっていけます」

 「当然、意見の小さな相違が生ずるでしょう。
その相違が進歩を妨害するならば、鉄の手による抵抗を受けなくてはなりません。
相違が進歩を妨害しないものなら寛容であるべきです。
それが人間の知性を発達させるように人類を理想に従わせるでしょう」(Human Society is One and Indivisible 3)

 では、鉄の手により抵抗を受けなくてはならない、人類社会を分裂させて進歩を妨げる有害なものとは何でしょうか。
サーカーによれば、人種意識の強化、カーストや身分意識の強化、ナショナリズムすなわち所属する民族国家への帰属意識の強化、宗教の教義、儀式、戒律への非論理的な服従意識の強化、言語に基づく帰属意識の強化です。
私たちはこれらの意識を弱める闘いをして、人類社会の統一と進歩の道をめざさなくてはなりません。
ただし、その人が従おうとしている理想の道が、人類社会の統一と進歩への妨害にならない限り、寛容な心でその人の道を尊重すべきだと考えます。

◎人種帰属意識の克服

 ほとんどの人が自分の身体的特徴から特定の人種への帰属意識を持ちますが、本当は、私たちは1つの人類に属しています。
サーカーは次のように上手に説明しています。

 「ある人々は黒い肌で、ある人々は黄色い肌で、ある人々は白い肌です。
それは人間の内側に違いを生み出すでしょうか。
いいえ、何も違いはありません。同じ母親から違う顔つきの2人の子どもが生まれるかもしれません。
1人は肌が白く、もう1人は黒っぽいかもしれません。
母親はその違いをめぐって人種的な争いを始めさせるでしょうか。
1人の子を黒い肌のコミュニティに入れ、もう1人の子を白い肌のコミュニティに入れるでしょうか。
もちろんそんな馬鹿げたことはしません。
人の内側は肌の色に関係ありません。
私たちは、人種に基づいて人間を黒と白に、アーリア人と非アーリア人に分けるべきではありません。
すべての人間には優劣がなく、肌の色の相違があるだけです」(Human Society is One and Indivisible 3)

◎カースト帰属意識の克服

 「カースト制度はまったく根拠のないものです。
カースト主義に基づく経典といわれるものも同様に根拠のないものです」(Human Society is One and Indivisible 3)

 サーカーは、カーストの廃止を訴える人間が特定カーストへの帰属意識を前提とした議論をしている欺瞞についても指摘します。
特定カーストへのアイデンティティの強化につながる方向は、特定カーストを解放するという名目であれ有害です。
低カーストへの経済支援策も、カーストグループへの所属に基づくべきではなく、個々の家庭の経済や教育状況などに基づくべきだと論じています。
これは真にカースト解消の立場に立った議論であり、日本でも重要な観点だと考えられます。

◎宗教に基づく衝突の克服

○不和の原因となってきた宗教

 世界には数多くの宗教、宗派があります。
サーカーは、これらの宗教は人間社会を統一する精神を高めるのではなく不統一を拡大し、紛争を引き起こしてきたと考えます。

 「宗教に基づいて人間は集団をなし、血を血で洗う反目にふけっています。
そのような宗教は罪のない男女の血を流した責任があります」(Human Society is One and Indivisible 3)

 私たちは、世界各地で宗教の名の下で起きる紛争を目にしています。
もちろんその背景には経済的な問題や、政治的あるいは領土的な支配抑圧の関係があります。
しかし、サーカーのいうように宗教的信念自体が流血を招いている側面も否定できません。

 「宗教は、論理の道に従わせるよりも、ある種の安っぽい感情を人間の心に注ぎ込み、合理的判断力を損なわせます」
 「宗教は、人間の心に恐怖コンプレックスを生み出します。
天国の魅惑と地獄の恐怖を用いながら、人間性を破壊します。
宗教は、自分たちの小さな利益を動機として人間社会に人工的な分裂を生み出します。
知性のある人々は、そのような宗教の罠に捕らわれるべきではありません。(中略)
もしも人々が罠に捕らわれるならば、彼らは知的に破産したと理解すべきでしょう。
世界のすべての国でそのような人々が分離したコミュニティを形成しています」(Human Society is One and Indivisible 3)

○スピリチュアリティについて

 サーカーは、精神性(スピリチュアリティ)を宗教と厳密に区別します。
スピリチュアリティは宗教と異なり、寺院や像などの外的な設備は必要なく、個人の心だけを必要としているだけです。

 「スピリチュアリティと宗教は同義ではなく、むしろまったく別のものです。
スピリチュアリティは、大宇宙と小宇宙をつなぐ終わりなき努力です。
この努力は、個人の生命においてはその人がパラマ・プルシャ(至高の純粋意識)のもっとも近くに至る時に休止します。(中略)
解放と救済を集団として達成することは決してできません。
したがって個人の精神性の生活において重要なことは、人類が互いに助け合いながら集団的に進む感覚です。
宗教には、私の宗教はすべて善であり、あなたの宗教は悪であるという感覚があります。
そうして争っているうちに、人々は自分たちの生来の判断力を失いました。
人類は決してそのようなことに基づいて分割されるべきではありません」

 「スピリチュアリティには、人々を盲目的信仰に陥れて搾取する余地はなく、自我肥大とグループ利益追求の余地がありません。
愛、自由、平等がその礎石です」(Human Society is One and Indivisible 3)

○宗教

 宗教はスピリチュアリティとは正反対のものであり、「霊的感情、物的・儀式主義的遵守、伝統」の3つからなるとサーカーは考えます。
そして宗教を生み出した心理の1つが恐怖心理です。

 「宗教が生まれた背景には、人間が生まれながらに持つ恐怖心理があります。
人間はさまざまな自然現象(丘や山、川や海、森、雷や稲妻、朝と夜など)をなだめるために宗教の実践を始めました。
このような宗教の実践は自己保存の本能に基づいています。
多様な神や女神をなだめることが唯一の目的です」(Human Society is One and Indivisible 3)

 その恐怖心理から生まれた架空の信念が霊的感情です。
なだめる対象としての自然現象に対する霊的感情が生まれます。

 「ほとんどの宗教は特定の自然現象を崇拝することから始まりました。
ある宗教は月に、ある宗教は太陽に、ある宗教は石のイメージに集中しました。
人々はその物理現象の崇拝を支持する即席の哲学を作り、後にその有限の形を崇拝することで無限の達成が可能であるという哲学的議論を進めました。
彼らは、自分たちのレンガ造りの寺やモスク、教会が聖なる場所であると宣言しました。
こうしてさまざまな神を崇拝する強い感情が発達しました。
彼らの感情は盲目的で、理性の声を聞くことを拒否しました」(Human Society is One and Indivisible 3)

 さらに宗教には、祈る時にひざまずくなどのさまざまな儀式主義的な遵守があります。
これらの儀礼行為の正当性を実証する論理的議論は宗教にはありません。
また、人間は伝統についても背景にある理由を追及することなく受け入れてしまうため、宗教的伝統についてはとりわけ論理と理性を無視することになります。

 このように論理と理性に従わず、物的崇拝対象や儀式の形式にこだわる宗教的信仰に基づく国家をめざすならば、「人間社会を分裂させることによって取り返しのつかない損害を引き起こす」ことになります。

○宗教にいかに対処するべきか

 サーカーによれば、宗教を通じて社会の統一を前進させることはできません。
そのため、できる限り宗教の相違を小さくしていくことが必要になります。
しかし、宗教の相違を強制的に取り除くことはできません。
宗教的信念への攻撃は、その人の宗教への帰属感情をより強いものにするだけです。
そこでサーカーは、盲目的な信仰に身を任せている人への対処方法の1つとして、合理的な哲学教義を教えよと次のようにいいます。

 「人間の心が恐怖の心理にとらわれている時、論理や理性よりも盲目的信仰に身を任せます。
恐怖が論理と理性によって取り除かれるなら、盲目的信仰の基盤は弱まるでしょう。
これが、人間が合理的な方法で哲学的教義を教えられなくてはならない理由です」(Human Society is One and Indivisible 3)

 さらに、特定の物的対象に対する霊的感情を科学の適用と人道的な訴えを通じて取り除きなさい、と次のような例を挙げています。

 「たとえば月を崇拝する宗教儀式を実行する人々は、科学の進展によって人間が月の表面を歩いてからは、その儀式を続けることが難しいことに気づきます。
盲目的信仰は、科学の適用と人道的な訴えを通じて取り除かなくてはなりません」(Human Society is One and Indivisible 3)

 科学と合理的根拠によって宗教的頑迷を克服し、人類の統一をめざして進むべきだと考えます。

 そしてサーカーは、サドヴィプラは批判や中傷をするのではなく、人類を分裂させる要素を取り除き、共通の絆を深める取り組みを重視すべきだと述べます。
 「不統一を取り除く責任のほとんどを引き受けなくてはならないのはサドヴィプラです。
サドヴィプラは相違点を重視せず、継続的に統一の共通の絆を強め、鼓舞、激励します。
そして人間性を強化します。
その時のみ、人間社会は1つで分割できないものになります。
その時のみ『人間社会』と呼ばれるに値するものになります」(Human Society is One and Indivisible 3)

 各宗教が長い間人々に支持されてきたのは宗教が多かれ少なかれスピリチュアリティを内包しているからだとサーカーは考えていますから、共通の要素であるスピリチュアリティによって統一感情を強めていくことだと理解しました。

◎ナショナリズムの克服

 サーカーは人類の統一感情を形成するために、ナショナリズムを克服する重要性を語っています。

 「すべての知性ある人々はナショナリズムという障害の悪影響を心底から理解しています。(中略)
国籍(Nationality)によって引かれる境界線は、一部の人々が頭で考えた単なる虚構にすぎないのです。
そのようなことは発達した知性をもつ人々には支持されません。
人間のより高い良心はそれを是認しません。
決してそのようなことに基づいて人類を分割すべきではありません」

 「異なる言語を話す人々が同じネイションの中で平和的に共存している状態はしばしば見られます。
逆に、同じ言語を話す人々が異なるナショナリティ(国籍、国民、国家)に分割されている状態も見られます。
したがって、ナショナリティの問題はまったく意味のないことで、合理的に判断できないものであることは明白です。
合理的判断によって支持されないものは、間違いなく利己的な動機によって思いつかれたものだと結論づけることができます」(Human Society is One and Indivisible 3)

 ある国民と他の国民を分ける境界は合理的に説明がつかないものであり、利害を持つ人間が人々に思い込ませたものである、
本来、人類は1つで分割できないものだとサーカーは繰り返し主張します。
そして最終的にはパスポートやビザのシステムを廃止すべきだといいます。

 「狭量なナショナリズムは、人間の文明に有害です。
人間の文明の集合的福利を追求する人々は、パスポート、ビザ、許可証などのシステムを廃止すべきです。
このようなシステムは人類に有益な結果をもたらしません」(Human Society is One and Indivisible 3)

▼まとめ

 今日の国民国家意識は、該当地域の言語の共通性、宗教や文化的伝統の共通性、政治的神話、祖先を一にしているという意識を基盤にしています。
ところがサーカーは、その1つひとつが合理的な説明がつかないものであり、私たちが当然のものとして受け入れている国民国家意識自体が、1つである人類を分割する有害なイデオロギーであると説いています。
それは同時に個人の心に半径を設定し、心の中に内と外を生み出し、知性の解放とスピリチュアリティの前進を妨げるものでもあると考えます。
互いに協力しあう人類社会の形成をめざす人類社会統一と進歩の道を進むことを訴えます。

 「以上に述べた要素に基づいて、自分本位の人々は人間社会に裂け目を生み出そうとしますが、知性ある人々はこれらの要素を回避しなくてはなりません。
行き過ぎのあるところでは、知性のある人々は人間社会を統合しようとするべきです。
人間社会の分裂が進むことは、個人にとっても、社会にとっても、あるいは社会のどの部分にとっても良いことではありません。
統一の下で協力して人類が生活すればするほど、人類の福利は一層大きなものになるでしょう。
ナショナリティや言語、宗教、その他の生活の領域でのいかなる物事に基づいても、一方が他方を抑圧するようなことを許してはいけません。
人間の知性を完全に表現する道を永久に開けた状態にしておきましょう」(Human Society is One and Indivisible 3)


◎引用文献
P. R. Sarkar, Human Society is One and Indivisible 1-3, Prout in a Nutshell: Part 7.



H.P. of socialist earth government (社会主義地球政府のH.P.)

appeal of gods of star

all H.P. of project of Heaven and gods

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