「カンゾー先生」予告編 (video inspired by god of star)



『カンゾウ先生』今村昌平
Way of doctor is to pursue unity of conflict between practitioner and research

Dear
I am cosmic program in your mind.
We project of Heaven and gods introduce impression statement of movie video which Mitsuki watched when cerebellar infarction by being attacked by super negative god.

あらすじ

カンゾウ先生とは、岡山県の田舎の海岸地域の開業医の赤井先生のことである。
彼のモットーは、すぐに村人の病人のところにかけつけて診ることである。
1945年の終戦直前を描いており、岡山県のその町には、捕虜収容所があった。

もう一人の主役はその子である。
その子は、「インバイ」の子である。
インバイとは売春のことで、亡くなった母親は売春婦であった。

その子に役場の会計係の男が、役場の金に手をつけて、その子にお金をはらって関係をもっていた。
その男はその子が好きなのだが、その子は、嫌いなので断る。

カンゾウ先生は、その子がインバイをしないように、診療所の手伝いとして雇ってほしいとたのまれて、引き受ける。

ある日、その子が脱走して傷ついたオランダ人捕虜が苦しんでいるのをみて、カンゾウ先生の診療所の二階につれてきた。

カンゾウ先生は、なんとかして肝臓病の原因となるウィルスを顕微鏡でつきとめようとしていた。
オランダ人は、光学関係の技師であり、彼の助力で、映画館の撮影機の光源を用いて、高い性能の顕微鏡ができた。
肝臓病で死んだ人の標本を得えて、撮影機の光源をつけた。

強い光源のために、あやしまれてカンゾウ先生の診療所に軍隊が入り、カンゾウ先生他協力者たち、オランダ人がつかまってしまう。

旅館のおかみが、軍隊の上官への色じかけでカンゾウ先生を救う。
その子はカンゾウ先生にほれる。


感想(1)脱走した捕虜を人間的に扱った人々

一方で、「鬼畜米英をやっつけよう」と普通のクリーニング店のおじさんが、軍服をきて、近所のおばさんの竹槍訓練を指揮しているような時代だった。
人々は、ナショナリズム(民族主義)に毒されていて、外国人を敵視していた。

そのような中で、脱獄して、怪我した捕虜を人間的にあつかったカンゾウ先生たちのやさしさが浮かび上がる作品だった。

人々から賤しく思われている無知なその子が、傷ついたオランダ人捕虜を救って診療所につれてきた。
カンゾウ先生と大学時代の仲間のモルヒネ中毒の外科医、そして大学時代の友人のなまぐさ坊主その四人がオランダ人捕虜をかくまって治療した。
外科医は、戦争を批判しているが、カンゾウ先生は、お国の戦争に協力しようという意識をもっている。
しかし、医師としての良心が、国籍、人種を問わず、傷ついた人は、まず治療しなくてはならないと考えている。

捕虜を虐待する軍人、捕虜を敵視する一般の人々、それに対して捕虜を人間的にあつかった4人を対比的に描くことで、みごとにネオ・ヒューマニズムの思想を表現している。
国籍や人種を超えて、人類の一員としての自覚に一般の人々よりも一歩進んでいる人たちを表現している。
ナショナリズムの荒れ狂うこの時代には、オネ・ヒューマニズムはこうした形でしか表現されなかった。


感想(2)・・・インバイのその子

インバイの子で、インバイをし、頭も悪いその子の人間性に共感するように描かれていた。
その子は、少女時代にインバイの母からは「ただでオマンをさせてはあかん。
ただでさせるのはただ一人やで」と教えられる。

役場の会計係からお金をとってインバイをした。
そしてもうインバイはやめた時に、幼なじみのお母さんから、「息子が出征する。男になっていない兵隊は敵の弾にあたりやすいそうなんじゃ。
お願いだから、その子ちゃん。うちの子とやってほしい」と頼まれる。
ついにお母さんの願いをききいれたが、彼女はお礼をうけとらなかった。
そしてその子は、ひたすら肝臓病と闘って患者のために無私の奉仕をしているカンゾウ先生にほれてゆく。

サルカールは言う。
「清純なレディであっても、淫らな女性であっても、すべて作家にとっては人間です。
作家は、彼らの幸せや悲しみ、希望や願いに描写を与えようとするでしょう。
そして人間の心情の表現としてのあらゆる大小の衝突や彼らの悩み多い生活の不調和を扱うでしょう。
どのような状況のもとでも芸術家や文学者は人間性を憎しみとあざけりの対象として見てはなりません。
淫らな女性やどろぼうの性格すら深い苦悩のせいにし、彼らへの共感を読者の心に残さねばなりません」

まさしく、映画を見ながら、インバイのその子にほれていた。


感想(3)研究と開業医としての本分

足で患者のところにかけつけ、誠心誠意、奉仕してゆくのがカンゾウ先生のモットーだった。
カンゾウ先生は、戦争で栄養が悪く、人々が疲れていることが肝臓病を発生させていると考えていた。
2000人近くの肝臓病の患者のカルテをつくり、研究して、なんとかして肝臓病をなくしたいとおもっていた。
東京帝国大学の医学部の同窓会に行った時、参加者から高く評価された。

医者仲間からほめられたカンゾウ先生は、以後、カンゾウの原因のウィルスを顕微鏡でつきとめることに邁進した。
心の奥に名誉欲が湧いていた。
親しいおじいさんの墓を堀り、死体から肝臓の標本をつくった。
そこまではゆるせる範囲だったが、高橋さんのおばあさんの容体が悪くなったのに、今、顕微鏡で肝臓病のウィルスをつきとめるのに忙しいといって、高橋さんの往診にゆくのを一日、二日と伸ばしていった。
ついに高橋さんのおばあさんは亡くなってしまった。

高橋さんの葬式に参加し、自分がいいきになって研究者まがいのことに夢中となり、開業医としての本分をおろそかにしていたことに気づく。
反省した彼は、離れ島のすぐにお金を払えないまずしいおじいさんのところにも、無私の奉仕精神で開業医とすぐにかけつたけた。

カンゾウ先生は、名誉欲もある普通の医師であった。
しかし、病気の根絶のために研究もするが、開業医として日々の奉仕に全力をつくそうとする真摯な生き方がつたわってきた。

今日、みんなからほめられたい、少しでも上の地位になりたい、などなどの欲望から、本当に自分が無私の奉仕すべき対象、自分が人生で果たすべき役割を見失う人は多いと思う。
カンゾウ先生は、わたしたちに大切な何かを教えている。


Theme of this movie is way of life as practitioner.
To deepen study of medicine as doctor is relation of unity of conflict with to save patient as medical practitioner.
When research is focused, work to save patients is neglected.
When work to save patient is focused, research is not deepened.
However to deepen research make ability to save patient.
Way of doctor is to pursue unity of conflict between practitioner and research.
H.P. of socialist earth government (社会主義地球政府のH.P.)

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