Ernesto Cortazar - The moon is our pillow (video inspired by god of star)



Progressive socialism is same to socialism of Marx and 21th century socialism of Chavez

Dear
I am comic program in your mind.
We project of Heaven and gods introduce article of assistant Mitsuki which was issued to social forum movement.
We write article of view of true gods.

This article is that spirit of equality, freedom and friendship is incorporated in progressive socialism.
God salamnidam down to P.R.Sarkar true socialism sharing means of production as name of progressive socialism.
Progressive socialism is same to socialism of Marx and 21th century socialism of Chavez.




自由、平等、友愛とプラウト(進歩的社会主義)

コメントありがとうございます 財産の上限の件ですが

1)「自由、平等、友愛」を「含んで超える」

18世紀に西洋では絶対王政から自由な経済活動をもとめるブルジョアジー(市民階級)が、「自由、平等、友愛」のスローガンのもとに市民革命のリーダーとなったことはよく知られています。

経済の面でみると、今日の新自由主義がそうであるように「自由」を強調すれば、財は一部に集中し、貧富の格差が拡大しました。
「平等」を強調すれば、自由を抑圧しました。
そして企業間の競争だけでなく、企業内部あおられる業績競争のように「友愛」は欺瞞的な形でしかありえませんでした。

しかし、私は、「自由、平等、友愛」の理想を、可能なかぎりバランスのとれた形で提起しているのが、サルカールの進歩的社会主義(プラウト)ではないかと思っています。
どういう点でそうなのかを簡単に論じさせていただきます。

2) 平等

経済的「平等」に重点をおいたのが「社会主義」でした。
そして「社会主義」が破綻した今、その反作用から、経済的「平等」は否定され、新自由主義の名前でグローバルな規模で経済「自由」化が進み、貧富の格差の人類規模で広がっています。
私たちは、適切な形で、経済的「平等」の理念を復活させる必要があります。
経済的「平等」、すなわち「社会主義」は、勤労意欲をそぎ、怠け者にさせるということで、悪とされます。

しかし、サルカールにとっての経済的「平等」は、すべての人類が最低限の(普通レベルの)衣食住、教育、医療をそれぞれの地域で保障されることです。それも仕事をして入手する賃金の保障でなされますから、怠け者にしません。さらに、それ以上の収入についてはその人の能力や貢献度に応じます。
したがって、物的なマインドの人の勤労意欲をそぐこともありません。
すべての人を平等にしようとしたところに毛沢東などの間違いがありました。このコスモスの多様性の原理に背いているからです。

サルカールは次のように述べます。
「この世界には何一つ同一のものはありません。
だから、すべてのことを同じ鋳型で作りなおすべきだと言っているのではありません。
ヒューマニズムのために、社会的公正のために、宇宙のすべての財の平等な分配が必要不可欠なのです」
「ただし、大小の困難がこの現実世界に存在しているかぎり、あらゆるケースですべての人に完全に平等な機会を認めることは不可能でしょう。
ある人々に直接的に社会の利益になる活動を引き受けてもらうための意欲を引き出す報酬や、あるいは社会への卓越した貢献に対する一時的な報酬の場合もあります。
しかし、この場合を除けば、すべての人々が同じ権利、機会を認められるべきです。
それに加えて、生活に絶対に欠かせない衣食住、教育、医療のようなものに関してはあらゆる個人が平等な権利を持たねばなりません」(既得権を持つ人々)

3)「友愛」

コスモスには物的身体的領域、知的心理的領域、スピリットの領域があります。物的身体的領域における富は有限です。
一方に富がたまると他方が富の不足が生じます。
プラウティスト(進歩的社会主義者)は、人間の願望を物的願望から知的心理的願望へ、そしてスピリチュアルな願望(心が晴れわたった幸福な状態=シュレヤ)へと高めてゆくことをめざします。
それは、物的願望を捨てるのではなく「満たされることによって超える」のです。

「人はパンのみにて生きるにあらず」です。
しかし、宗教とちがい、サルカールの進歩的社会主義は、「パン」も重視します。すべての人類がパンを食べて満たされることによって、知的心理的願望へ、スピリチュアルな願望へと導くのです。
(前に述べたようにスピリットとは心を超えたレベルです)

「友愛」は、自分も含めて、この世のすべてを一者のあらわれとみなすことによって、「すべての存在、すべての生き物、すべての人間」に対する友愛の気持ちである「ネオ・ヒューマニズム」の中に、高次に復活します

進歩的社会主義は、労働者が経営陣を選出する「協同組合」企業のネットワークを主体とする経済となります。
「自立」と「協同」という「友愛」の精神を培えるかどうかは、この経済の決定的に重要な課題となります。

4)「自由」

 物的領域、知的領域、スピリットの三つの領域のうち、進歩的社会主義においては、知的領域とスピリットの領域では完全な自由があります。
しかし、物的領域は、有限です。
この世の富はいくら無限にあるよう見えても、無限ではありません。
有限であることは、一部に財が集中すれば、一般大衆に財が不足するようになります。
したがって、物的領域においては、一定の制約が必要であり、完全な自由はありえません。

サルカールの言葉です。
「もし、資本が少数者や国家の手に集中したら、ほとんどの人々は、一握りの搾取者によって搾取されることになるでしょう。
厳しい搾取の過程の結果として、深刻な爆発がおきるでしょう。」((P.R.Sarkar,Economic Depressions ,PROTIST ECONOMICS Discourses on Economic Liberation, Ananda Marga Pracaraka Samgha, India,1992)
「大小の困難がこの現実世界に存在しているゆえに、現世の資源・資産の完全に平等な配分の確保は不可能だと述べました。
しかし、私たちがこの方向に進むことを何が妨害しているのでしょうか。
月に三十ルピーと三千ルピーの賃金格差を縮めることで問題がおきるでしょうか。
このことは、月の三千ルピーを稼いでいる人々のぜいたくと快適さを必ず削減することになり、その金で多くの人々が人間としての生活を得ることです。
これが、既得権を持つ人々が不都合を感じ、反対する点です。
すべての個人に家族の生活を支えるために必要な最小限の賃金を提供し、その人の有能さと義務感を報償してそれに二十ルピーあるいは二十五ルピー余分に加えるようにすべきです。
これが人々の能力と責任感にかかわる公正なやり方です」(既得権を持つ人々)

したがって、今日のグローバル資本主義のような一部の人間への財の過剰な集中に制約をかけなくてはなりません。
財の集中に制限をもうけることについてのサルカールの文章を紹介します。

「土地所有の上限と銀行預金残高の上限が両方とも課せられるべきかという関連した疑問が生じます。
両方の方法とも採用されるべきことは言うまでもありませんが、銀行預金残高の上限の方が、土地所有の上限に先行すべきです。
これは、一方で新しい産業の確立に役立つ現金を直接に政府にもたらすでしょう。
そして他方で資本主義の成長を抑止するでしょう」



(投稿は、以上までです。付録の参考資料としてサルカールの文章の関連箇所を以下にペーストします。ヒマな人があれば、ごらんください。
私の文章は長すぎるというご批判を以前にいただきましたので、これから下は、関心がある人のための参考資料ですので、よっぽど関心をもっていただける方のみこの下をごらんください)

1)「同一(機械的平等)」でも「不均衡」もなく、「多様性」を

ある人々は、不均衡は自然の秩序であるから、あるグループと別のグループ、富裕者と貧乏人の間などに違いなくてはならないと言います。
しかし、そのような主張は根本的に間違っています。
かわりに、多様性は、自然の摂理であるというのは正しいです。
まったく同一というのは自然によるものではないことを覚えておかなくてはなりません。
自然は同一性を支持しないでしょう。
同一性が生じた時はいつでも、ある種のジャデスフォタjadasphota(構造的爆発)が生じます。
そして全構造が粉々に砕けます。
だから多様性は自然の法則ですが、同一性は決して自然の法則ではありえません。
しかし、多様性は、不均衡と同じ意味ではありません。
不均衡は相違にもとづく搾取を助長します。
他方、多様性は、根底にある統一を反映する多様性を認めます。(イデオロギーの存在価値)

2)普通の生活必需品の保障と特別に高い快適性の保障についての言及

「入手可能性の保障"guaranteed availability"」については、特別に触れる必要があります。
知識人にインセンティブを与えるために、私たちは、彼らの生活にある特別な快適性を与えなくてはなりません。 
精神性の実践を継続することによりこの特別な快適性を必要としなくなる日がくるでしょう。
すべての人に最低限の生活必需品が保障されるべきです。
すべての人間は、衣服、薬、居住、適切な教育、適切な養育のための食料などを必要とします。
これらの必需品は満たされなくてはなりません。
知識人、科学者、特別な貢献を果たしている人々は、特別の快適性を必要とします。
私たちは、これら二つの間のギャップを最小限にする終わりなきプロセスを進んでゆくでしょう。
しかし、最小化の結果としてそれがゼロになることは決してありません。
たとえば、今日では、すべての人が自転車を必要としています。
しかし、指導者と知識人は、自動車を必要としています。
私たちは、この特別な快適性を彼らに保障しなくてはなりません。
しかし、その後、一般大衆が一人あたり一台の車を保障できるよう努力しなくてはなりません。
それが実現した時点では、指導者と知識人は、飛行機を必要としていることに気づくでしょう。
だから、最低限の生活必需品と特別な快適性の間のギャップが無くなる日は決してこないことに気づきます。
私たちの闘いは、この二つの間のギャップを最小限にする終わりなき闘いです。

全世界のuniverse一人あたりの収入が、画一になることは決してありません。ギャップは永久に埋められることなく存続してゆくでしょ。
多様性は自然の法則です。
もし、多様性が存在しなくなるならば、世界universeも存在しなくなるでしょう。相違を取り除くことは不可能です。
しかし、生活の社会・経済領域で相違を最小限にすることは、私たちのダルマ・サードナーdharma sa'dhana'(スピリチュアル・プラクティスのこと)の一部です。
経済構造においては、人々の購買力が、彼らの包括的な物的身体的福利において、もっとも重要な役割を演じます」(DISCOURSES ON PROUT)




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