Moments of Solitude - Ernesto Cortazar (video inspired by god of star)


(Ectoplasm structure which lost specific points of time-space cannot win)

This article is relation of social cycle theory and thought.
Social structure is built up base on ectoplasm structure.
At beginning social structure corresponds to ectoplasm structure.
At last social structure becomes contrary to ectoplasm structure.
In this case ectoplasm structure had lost specific points of time-space.
Ectoplasm structure which lost specific points of time-space cannot win.
Mitsuki argues that way of life of this thinker is excellent.
Soul level of this person was high.

この論文は、社会サイクル論と思想との関係についてです。
社会構造は思念体構造にもとづいてつくりあげられます。
始まりにおいて社会構造は思念体構造に合致しています。
終わりにおいて社会構造は思念体構造に乖離します。
このケ-スでは、思念体構造が時空の特定点を失ってしまっていました。
時空の特定点を失っていた思念体構造は勝利できません。
ミツキはこの思想家の生き方はすばらしいと論じています。
この人の魂レベルは高かったです。




陽明学と大塩平八郎

(1)陽明学

朱子学の理気=太極の宇宙論、人間論を紹介しました。
それは、抽象的な理という一なる存在に、気が形質賦与して人間を含む万物が生じている。
混濁した気を清浄な気にしてゆくことで誰もが「理」の性質が表明化して聖人となるというものでした。
朱子学は、排除することなく、すべての人間をこの世で人間として認める可能性を含みますが
同時に当時のこの世界における差別の諸相を
形質賦与された気の混濁によって正当化することになりました。
そして臣下は君主、妻は夫、弟は兄、に従うことが道徳とされ、封建社会を支えてゆきます。

実際の社会では、上に立つものが必ずしも清い清浄な気質をもっているわけではありません。
したがって、そこには偽善が生じます。
封建社会の構造が末期に向けて矛盾が激化する中で、朱子学の偽善はより表面化してゆきます。
朱子学の偽善的側面を批判した儒教である陽明学が登場します。

幕末の大塩平八郎は、陽明学の学徒でした。
そこで陽明学について簡単に見ておきましょう。

すべての人間をこの世で人間として認めようとする朱子学の肯定的側面を受け継ぐ学派の中から
王陽明の陽明学が生まれます。
ウィクペディアの「陽明学」に
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%BD%E6%98%8E%E5%AD%A6
「王陽明は朱子と同様『天理を存し人欲を去る』という倫理実践原理を持っていた」とあります。
「天理」とは、サーカーの言葉では、「パラマ・プルシャ(至高の意識)」にほかなりません。
すなわち混濁した気である人欲を手放し、天の理(一者の意志)にそって生きて
聖人をめざそう、すなわち一者へのスピリチュアルな成長を遂げようというわけです。
そして貴賤にかかわらず誰もが心の奥に「良知」という道徳知をもっているとします。
「良知」は、書物を読んだからといってわかるわけではありません。
認識と実践の統一すなわち「知行合一」によって深まってゆきます。
考え、心、行いが一致しない人間には「良知」はかすんでしまいます。
王陽明は、一者が多者として展開しているという朱子学の良い面が前面にでています。

上記のウィクペディアから引用します。
「『万物一体の仁』とは、人も含めて万物は根元が同じであると考え、
自他一体とみなす思想である。・・・
陽明は自らを含む万物はいわば一つの肉体であって、
他者の苦しみは自らの苦しみであり、
それを癒そうとするのは自然で、良知のなせるものだとした。
ここに陽明学は社会救済の根拠を見出したのである 」
これは、私たちがめざしているワンネス哲学そのものではないでしょうか。

(2)大塩平八郎

大塩平八郎は頼山陽から「小陽明」と言われたそうですから、
上記の王陽明の思想を深く身につけていたと思われます。
人も含めて万物の根源は一つというワンネス哲学の見方は
すべての人々への愛の意識を深めるので人民的な革命運動をひきおこすように
思えます。

20世紀においては「資本主義を超えて民主主義経済を作りなさい」
「社会サイクルにおける革命運動を進めなさい」
というサーカーの教えを生み出したのは、一者=多者のワンネス哲学でした。
日本では、すでに19世紀の封建社会の末期に大塩平八郎の乱を引き起こしていました。

ウィクペディアで「大塩平八郎」を見ておきましょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%A1%A9%E5%B9%B3%E5%85%AB%E9%83%8E
「奉行所時代は清廉潔白な人物として不正を次々と暴く。
特に、西町奉行同心弓削新左衛門の汚職事件では内部告発を行い
その辣腕ぶりは市民の尊敬を集めた。・・・
学問は陽明学を学び、知行合一を信じて、自宅で洗心洞という私塾を経営し、頼山陽などとも交際を持った。
天保の大飢饉の際、幕府への機嫌取りのために大阪から江戸へ送られる米(廻米)と、
豪商による米価つり上げを狙った米の買い占めによって
大阪の民衆が飢餓にあえいでいることに心を痛め、
当時の東町奉行跡部良弼に対して、
蔵米(旗本および御家人の給料として幕府が保管する米)を民に与えることや、
豪商に買い占めを止めさせることを要請した。
しかしまったく聞き入れられなかったため、豪商鴻池善右衛門に対して、
「貧困に苦しむものたちに米を買い与えるため、自分と門人の禄米を担保に一万両を貸してほしい」と
持ちかけたが、善右衛門は跡部に相談し、跡部が「断れ」と命令したためこれも実現しなかった。
その後は蔵書を処分するなどして私財をなげうった救済活動を行うが、
もはや武装蜂起によって奉行らを討つ以外に根本的解決は望めないと考え、
門人に砲術を中心とする軍事訓練を行ったのち、1837年に門人、民衆と共に蜂起する(大塩平八郎の乱)。
しかし、門人の密告(奉行所が送り込んだスパイという説もある)によって奉行所の知るところとなったこともあって、すぐ鎮圧された。
逃亡生活中、四ツ橋のあたりで刀を捨て、靱のとある商家の蔵に隠れていたが、
数ヶ月ほどの後、所在が発覚し、養子の格之助と共に火薬を用いて自決した。享年45。」

私は、大塩平八郎がこのような形で立ち上がろうとしたのはやむをえなかったと思います。
議会制民主主義もなく、人民の請願権もなかった当時においては、最大限の平和的努力を行っていると思います。
私たちは、大塩からそのワンネス哲学を受け継ぎつつ
これからくるさらなる資本主義の矛盾の深化の中で、
大塩のような単発的な反乱になってしまわないようにする必要があります。

そのためには「多様性における統一」の原理から幅広い民衆のネットワークをつくり、
人々の覚醒を促進し、搾取者、抑圧者へ幅広い継続的圧力をかけつづける必要があります。

H.P. of socialist earth government (社会主義地球政府のH.P.)

appeal of gods of star

all H.P. of project of Heaven and gods

このページの先頭へ