The Railway Station (Evanthia Reboutsika) (video inspired by god of star)
(Relative truth means that cosmos is in process of change)
This article is that truth exists only as partial truth and relative truth.
Partial truth means that huge cosmos can be seen only part of cosmos.
Relative truth means that cosmos is in process of change.
この論文は,真理は部分真理と相対的真理としてしか存在しえない,です。
部分真理は,巨大なコスモスは部分しか見えないという意味です。
相対的真理とはコスモスが変化のプロセスにあるという意味です。
相対的真理と部分真理
生成・発展・消滅のラセンの波状に展開する顕現したこのコスモスにおいては相対的真理しかありえないというご意見に賛成です。
「森羅万象すべての解釈や理論や行動を絶対的な真実or絶対的な虚偽と信じ思考停止し」(Sさん)
私もサーカーを読み始めてから、まったく同一の意見です。
前の議論は次のようでした。
この顕現しているコスモス(内面世界も外面世界も)すべてが、生成、発展、消滅のラセンのサイクルの中で存在しており、時、場所、人という相対的要素の中に、ある思想なり、意見なりが、存在しているので、時、場所、人の要素に変化が生じれば、その妥当性にも変化が生じます。
相対的真理、部分的真理という意味をさらに深めて論じてみます。
(1) これまでの偉大な思想家は四分の一の部分真理のいずれかを明らかにしてきたと論じるケン・ウィルバー
何をもって正しいとか正しくないかということですが、ウィルバーはたしか「統合心理学」という本だったとおもいますが、四象限の真理論をとなえていました。
四象限の真理論とは、(四象限=四つの角度=個人の心の内と外、集合体の心の内と外)
① 左上=個人の心がウソをついているか、本当のことをいっているかです 。雨が降っているのに降ってないとウソついたら、正しくありません。
② 右上=雨が降っているという事実をつかんでいるかいないか。そしてより正確に雨の様子をつかんでゆくのは、個人の心の外の真理論です。(普通の真理論はこれをさします)
③ 左下=集合体の心理、すなわち集合体の内面的必要に妥当性をもつか。
④ 右下=集合体の外の社会経済的な観察可能な側面について、人々の共通の福利を前進させるものであるか。
ウィルバーは、もっと別の言い方をしていましたが、たとえば、マルクスは偉大な思想家だけど、右下象限を重点に解明した。
ブッダは偉大な宗教者だけど右下象限についてはまったく解明しておらず、左上象限の高次元のレベルを解明した。
フロイトは、左上象限の低次元のレベルを解明した。
マックス・ウェーバーは左下象限の集合心理の側面を解明した。・・・・・
というふうに、これまでの偉大な思想家は、偉大ではあるんだけど、いずれも四象限のいずれかをあきらかにした。
本当に人類の福利に貢献するには、四つの象限すべてにわたって統合的なアプローチして前進してゆく必要があると論じます。
すべての思想は部分真理だったというわけです。
では、ウィルバーはというと、私は、これまでの人類の思想を統合するためのコスモスの地図を作成したのであって、私自身の思想についても、これから乗り越えられるのだと言っています。
私たちは、このウィルバーの四象限の統合的視点を「含みつつ」も、「超えて」あたらな人類社会前進の思想を作ってゆく必要があります。
(2) 内面の発達レベルに応じてコスモスは異なって見える。
それぞれの見え方はその人にとっての相対的真理である。
(しかし、いずれ超えてゆく必要がある)
そして、それぞれの四つの象限について発達レベル、発達段階があります。
たとえば個人のレベルをとると
個人が誠実に自分の内面を発露し、自分の真実を語っていても、それそれは、その人の個人の心の発達レベルから見える相対的真理となります。
狭い自己中心思考から見える世界、
自民族中心思考から見える世界、
人類中心思考から見える世界、
生命中心思考から見える世界、
宇宙中心思考から見える世界、
それぞれの人の心の発達レベルから見える世界は異なります。
より低次の発達レベルを「含んで超えた」視界へと拡張してゆきます。
私たちは、相対的真理の世界に存在しています。
「二重」の意味で相対的です。
私たちの心が対象とているこの世界自体が、絶えず生成、発展、消滅する運動過程にある。
さらにその対象を見つける私たちの心の発達レベルが、「含んで超える」成長過程にある。
山に登る時、低いレベルから見た景色と高いところまで登って見た景色は異なります。いっそう広い視野から景色は見えてきます。
個人の心が普遍主義に向かって拡大すれば、するほど、誠実に客観的にリアリティを把握し、述べることができるようになるでしょう。
H.P. of socialist earth government (社会主義地球政府のH.P.)Partial truth means that huge cosmos can be seen only part of cosmos.
Relative truth means that cosmos is in process of change.
この論文は,真理は部分真理と相対的真理としてしか存在しえない,です。
部分真理は,巨大なコスモスは部分しか見えないという意味です。
相対的真理とはコスモスが変化のプロセスにあるという意味です。
相対的真理と部分真理
生成・発展・消滅のラセンの波状に展開する顕現したこのコスモスにおいては相対的真理しかありえないというご意見に賛成です。
「森羅万象すべての解釈や理論や行動を絶対的な真実or絶対的な虚偽と信じ思考停止し」(Sさん)
私もサーカーを読み始めてから、まったく同一の意見です。
前の議論は次のようでした。
この顕現しているコスモス(内面世界も外面世界も)すべてが、生成、発展、消滅のラセンのサイクルの中で存在しており、時、場所、人という相対的要素の中に、ある思想なり、意見なりが、存在しているので、時、場所、人の要素に変化が生じれば、その妥当性にも変化が生じます。
相対的真理、部分的真理という意味をさらに深めて論じてみます。
(1) これまでの偉大な思想家は四分の一の部分真理のいずれかを明らかにしてきたと論じるケン・ウィルバー
何をもって正しいとか正しくないかということですが、ウィルバーはたしか「統合心理学」という本だったとおもいますが、四象限の真理論をとなえていました。
四象限の真理論とは、(四象限=四つの角度=個人の心の内と外、集合体の心の内と外)
① 左上=個人の心がウソをついているか、本当のことをいっているかです 。雨が降っているのに降ってないとウソついたら、正しくありません。
② 右上=雨が降っているという事実をつかんでいるかいないか。そしてより正確に雨の様子をつかんでゆくのは、個人の心の外の真理論です。(普通の真理論はこれをさします)
③ 左下=集合体の心理、すなわち集合体の内面的必要に妥当性をもつか。
④ 右下=集合体の外の社会経済的な観察可能な側面について、人々の共通の福利を前進させるものであるか。
ウィルバーは、もっと別の言い方をしていましたが、たとえば、マルクスは偉大な思想家だけど、右下象限を重点に解明した。
ブッダは偉大な宗教者だけど右下象限についてはまったく解明しておらず、左上象限の高次元のレベルを解明した。
フロイトは、左上象限の低次元のレベルを解明した。
マックス・ウェーバーは左下象限の集合心理の側面を解明した。・・・・・
というふうに、これまでの偉大な思想家は、偉大ではあるんだけど、いずれも四象限のいずれかをあきらかにした。
本当に人類の福利に貢献するには、四つの象限すべてにわたって統合的なアプローチして前進してゆく必要があると論じます。
すべての思想は部分真理だったというわけです。
では、ウィルバーはというと、私は、これまでの人類の思想を統合するためのコスモスの地図を作成したのであって、私自身の思想についても、これから乗り越えられるのだと言っています。
私たちは、このウィルバーの四象限の統合的視点を「含みつつ」も、「超えて」あたらな人類社会前進の思想を作ってゆく必要があります。
(2) 内面の発達レベルに応じてコスモスは異なって見える。
それぞれの見え方はその人にとっての相対的真理である。
(しかし、いずれ超えてゆく必要がある)
そして、それぞれの四つの象限について発達レベル、発達段階があります。
たとえば個人のレベルをとると
個人が誠実に自分の内面を発露し、自分の真実を語っていても、それそれは、その人の個人の心の発達レベルから見える相対的真理となります。
狭い自己中心思考から見える世界、
自民族中心思考から見える世界、
人類中心思考から見える世界、
生命中心思考から見える世界、
宇宙中心思考から見える世界、
それぞれの人の心の発達レベルから見える世界は異なります。
より低次の発達レベルを「含んで超えた」視界へと拡張してゆきます。
私たちは、相対的真理の世界に存在しています。
「二重」の意味で相対的です。
私たちの心が対象とているこの世界自体が、絶えず生成、発展、消滅する運動過程にある。
さらにその対象を見つける私たちの心の発達レベルが、「含んで超える」成長過程にある。
山に登る時、低いレベルから見た景色と高いところまで登って見た景色は異なります。いっそう広い視野から景色は見えてきます。
個人の心が普遍主義に向かって拡大すれば、するほど、誠実に客観的にリアリティを把握し、述べることができるようになるでしょう。
appeal of gods of star
all H.P. of project of Heaven and gods