250『貨幣の物神性』
2013年2月4日8時50分~10時30分
貨幣の物神性とは、貨幣が物質でありながら人間の願望をすべてかなえる性質をもっていることをさす。
貨幣の物神性がどこからきているのか解明したのがマルクスの『資本論』である。
貨幣は交換価値が結晶したものであり、何とでも交換できるということである。
交換価値は、人間の抽象的エネルギーの支出から形成されている。
交換価値は、人間の具体的有用労働ではなく抽象的人間労働から形成される。
人間は、左渦巻き「私」意識実体が右渦巻き物的身体と重なった存在である。
人間の労働は、まず非顕在の思念体が、構造物を時空の中に確定した特定点として確認した後、労働の結果として未来の時空に到達する特定点を設定する。
労働は、「私」意識実体が時空の中に確定した現在の特定点から未来に設定した特定点に実践によって到達することである。
「私」意識実体は非顕在の思念体であり、物的構造の場合は、物的身体による実践で到達できる。
労働が物的身体によらないように見える精神労働も、「私」意識実体が時空の中に確定した現在の特定点から未来に設定した特定点に実践によって到達することである。
物的身体全体によらず、脳の神経ネットワークと指先という身体の一部分を活用している。
「私」意識実体が時空の中に確定した現在の特定点から未来に設定した特定点に到達する実践は、具体的有用労働である。
人間の労働はすべて具体的有用労働である。
社会的分業の発達が、具体的有用労働の成果を交換する必要を促した。
交換を媒介する使用価値をもつ貨幣が登場した。
貨幣は何とでも交換できるという性質をもってこの世に生まれた。
交換が成立するためには具体的有用労働が抽象的人間労働としてみなされる必要がある。
抽象的な人間の生命エネルギーの支出としてみなされる必要がある。
貨幣は、抽象的人間エネルギー支出を表現する手段となった。
抽象的人間エネルギー、抽象的人間労働は、実際には実在しない。
社会的分業の発達が具体的有用労働の成果を交換する必要から貨幣を通じて表現されたものである。
人間労働は、左渦巻き「私」意識実体が、時空に確保された特定点から未来に設定された特定点に達する実践である。
それは特定点から特定点への具体的有用労働であって、抽象的労働ではありえない。
人間の歴史を通じる生産力の発達は、協業と分業がもたらしてきた。
貨幣は社会的分業の発達を媒介する重要な役割を果たしてきた。
同時にどんなものとも交換できるという貨幣の物神性は多くの人々の人生を貨幣のための人生においやってきた。
分かち合って生きるという摂理から反して富と貨幣を一部の人々に集中させることを貨幣の物神性が可能にしている。
貨幣の物神性が、金融経済を、社会的分業のバランスのとれた発達をはかるという役割を超えて、マネーゲームへと堕落させている。
生産手段の共有による民主主義経済の実現を通じて金融経済をコントロールする必要がある。
交換を媒介する使命を超える貨幣の活用は、摂理ある社会の実現のために規制が必要である。
文書250『貨幣の物神性』についての天の解説
こんにちは
私は天である。
ミツキの手を借りて書いている。
天と神々のプロジェクトチームが作成した文書を解説している。
今回は、250『貨幣の物神性』である。
http://auwa.sakura.ne.jp/forum/jdocuments/n31-250.html
貨幣の物神性とは、貨幣が望みをなんでもかなえるという性質をもっていることである。
貨幣とは交換価値の結晶である。
交換価値は非顕在の思念体の中にある価値である。
「これと引き換えにこれと交換しよう」というときの交換価値は思念活動の中にあるのである。
何とでも交換できるという属性をもって登場したのが貨幣である。
貨幣の使用価値は何とでも交換できる性質をもっていることであると言うこともできる。
この貨幣の物神性が、貨幣の追求に人生をかける人を生み出してきた。
貨幣の追求とは交換価値の追求の人生である。
交換価値は顕在時空に特定点をもたない偽りの価値である。
数億円の絵画を購入する人は絵画の美しさという真の価値を追求しているのではなく、交換価値という偽の価値を追求しているのである。
偽の価値を追求する人生は魂レベルを下げる。
偽の価値を追求した人生の後、魂は後悔と苦悩の中でうめいている。
資本主義は偽の価値を追求する経済システムである。
G⇒G'の差額を最大化することを追求する経済が資本主義経済である。
G⇒G'の差額の最大化の追求とは、人びとを偽りの価値の最大化の追求においやることを意味する。
資本主義経済のもとで魂は集合的に劣化し、人びとの魂は苦悩の中にある。
生産手段を共有する社会主義は使用価値を追求する経済システムである。
使用価値は、時空に特定点をもつ真実の価値である。
真実の価値を追求する経済システムのもとでは魂は集合的に向上する。
時空に特定点をもつ真実の価値の追求は高い質のVO活動をもたらし、S(魂)に収納されることによって魂レベルがあがるのである。
魂の解放は、偽りの価値を追求させる資本主義経済システムを廃止し、真実の価値である使用価値を追求する社会主義経済システムに変えていくことの中にある。
250『貨幣の物神性』から引用する。
貨幣は社会的分業の発達を媒介する重要な役割を果たしてきた。
同時にどんなものとも交換できるという貨幣の物神性は多くの人々の人生を貨幣のための人生においやってきた。
分かち合って生きるという摂理から反して富と貨幣を一部の人々に集中させることを貨幣の物神性が可能にしている。
貨幣の物神性が、金融経済を、社会的分業のバランスのとれた発達をはかるという役割を超えて、マネーゲームへと堕落させている。
生産手段の共有による民主主義経済の実現を通じて金融経済をコントロールする必要がある。
交換を媒介する使命を超える貨幣の活用は、摂理ある社会の実現のために規制が必要である。
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