240 『SVO論』
2013年2月1日14時30分~20時30分
SVOのSは主語、Vは動詞、Oは目的語をあらわす。
人間の場合において主語に来るのは、私(たち)、あなた(たち)、彼(ら)である。
すべて左渦巻き「私」意識実体である。
左渦巻き「私」意識実体は、非顕在の思念体である。
非顕在の思念体が、顕在の基底の精妙エネルギーに重ねて人間として活動する。
精妙エネルギーに重なることで非顕在の思念体は、時間と空間の中で特定点をもつ。
時間と空間の中で特定点は移動する。
特定点の移動がVである。
移動の目標地点がOである。
SVOとは、非顕在の思念体である「私」意識Sが、時間空間の中に特定点を確保し、目標地点Oをめざし、特定点を移動しているVを意味する。
VOは、時間空間の中の特定点の移動である。
特定点を移動しているのは時間空間をもたない非顕在の「私」意識Sである。
特定点とは思念体が時空存在にあらわれた箇所である。
特定点を移動しているのは思念体である。
特定点の移動は、思念体の経験として思念体の中に記憶される。
思念体とは「私」意識Sである。
したがって、SVOのVOはSの中に収納されつづけているのである。
Sとは、非顕在の思念体である。
非顕在の思念体は時間空間をもたない。
時空存在の中で移動する特定点は、過去の時間の中に流れ去る。
時間空間をもたない思念体の中に収納されている特定点の移動の経験は、過去の時間の中に流れ去らない。
SとはSubject(主観)である。
人間の思念体は、魂の親である守護神の思念体の中にある。
守護神は、左渦巻き高次「私」意識実体Sである。
守護神のSが、人間のSを観ている。
守護神のSVOのOが人間のSである。
守護神は、常に人間のSVOを観ている。
人間のSVOは、常に守護神から見られている。
人間のSはOを向いているので背後で観ているSを知らない。
守護神は常に人間とともにある。
文書『SVO論』』についての天の解説
こんにちは
私は天である。
ミツキの手を借りて書いている。
天と神々のプロジェクトチームが作成した文書を解説している。
今回は、240『SVO論』である。
http://auwa.sakura.ne.jp/forum/jdocuments/n12-240.html
SVOとは英文法の主語、動詞、目的語である。
SVOには、英文法の枠を超えた深い真理が隠されている。
Sとは、「私」意識である。
VOとは、顕在時空における「私」意識の体験である。
SとVOは対立物の統一の関係にある。
SであればVOでなく、VOであればSではない。
SはVOを通じて表現し、VOはSを前提としている。
「色即是空」という言葉は、SとVOは対立物の統一の関係にあることを示すために私がおろした。
色即是空は私がおろした意味とまったく異なった解釈で流布している。
色とはVOである。
空とはSである。
「私」意識Sは非顕在の思念体であり、時空をもたない。
非顕在の思念体が顕在時空に確保した特定点の活動がVOである。
VOとはSの活動である。色即是空。
SはVOに表現される。空即是色。
顕在時空での活動、ふるまいが魂の活動であり
魂は顕在時空での活動の中に表現されているのである。
魂レベルが上がることがスピリチュアルプラクティスである。
顕在時空での活動、ふるまいの質の向上をともなわないスピリチュアルプラクティスは偽物であり、ネガティブ神が指導したものである。
魂の向上は、顕在時空における活動、ふるまいの質の向上の中に追求すべきである。
ここに真に魂の救いの道がある。
天の文書 240『SVO論』の一部を紹介する。
SとはSubject(主観)である。
人間の思念体は、魂の親である守護神の思念体の中にある。
守護神は、左渦巻き高次「私」意識実体Sである。
守護神のSが、人間のSを観ている。
守護神のSVOのOが人間のSである。
守護神は、常に人間のSVOを観ている。
人間のSVOは、常に守護神から見られている。
人間のSはOを向いているので背後で観ているSを知らない。
守護神は常に人間とともにある。